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 湧くわく本心塾とは

湧くわく本心塾は、互師互弟で、志を高め合おうとする集まりです。
儒教や天風哲学などの教えをベースに、さまざまな先哲の叡智に共通する真理を学び、また実生活で実践することで、塾生一人ひとりが自らの人間力を向上させていきます。
そして、各自がそれぞれの持ち場で「一隅を照らす人」となっていただき、
また「一隅を照らす人づくり」を行うことを目的としています。


 トピックス

■湧くわく本心塾第6期休講と六然講座のご案内
■照隅ライブラリー第4弾『ブッダの言葉 ~最古の原始仏典「アッタカヴァッガ」を読む~』 発売
■湧くわく通信第3号発刊
■湧くわく本心塾in多治見 開催
■佐々木奘堂先生の「お話と坐禅会」開催
■若宮幾馬 著 「『詩経』と中国古典」発売!
 
■湧くわく通信 第1号発刊  テーマ「中村天風」
 
■照隅ライブラリー第2弾『論語 人間を磨く言葉』発売!
■湧くわく本心塾@名古屋開催
■『天風哲学の基本と実践 わが師中村天風に学んだ心身統一法』発売
■CD『中村天風から教わったお鈴・ブザーを使う瞑想法』発売


 わくわくブログ

【担当】 月曜…池田光、火曜…柿原まゆみ、水曜…冨樫功、木曜…西端努斗夢、土曜…佐々木秀彦、日曜…八木正典



2017年4月1日~2017年6月8日

2016年4月1日~2017年3月31日

2015年4月1日~2016年3月31日

2014年4月1日~2015年3月31日

2012年7月2日~2014年3月31日

    

2017年8月17日(木)
何をしたいのか                    木曜担当…西端努斗夢

 人間国宝の講談師・一龍斎貞水さんは、「教えてくれなきゃできないって言ってる人間は、教えたってできない」と言っています。その通りだと思います。
 本当にやりたいこと、やらなければいけないことであれば、自分でやり方を調べ、まず行動を起こします。その上でわからないことがあれば教えを請います。そうやって技術や知識が身に付いていくものです。
 最近、パソコンやスマートフォンが普及してきていますが、「教えてもらっても使い方を覚えられない」と言う人がいます。そう言う人は、パソコンやスマートフォンを使って何をやりたいのか、何をやらなければいけないのか明確でない人が多いように思います。
 勉強や読書も、それによって何をやりたいのかがどれだけ明確かによって得るものに大きな差が出るような気がします。

木曜担当…西端努斗夢



2017年8月16日(水)
終戦記念日に                     水曜担当…冨樫功

昨日、8月16日は終戦記念日でした。

戦争が終ってから、70年以上の月日が流れています。

戦争を体験した人たちは、
年々減少していっています。

最近の若者は、
日本がアメリカと戦争したことを知らないという人もいるとか。


僕は三重県で育ったのですが、
中学の修学旅行は広島、
高校の修学旅行は長崎と、
修学旅行は原爆めぐりでした。

平和記念館を訪れ、
戦争のおそろしさを存分に刷り込まされました。


そして、
僕が生まれた頃、
40年ほど前は、
戦争が終ってから、
まだ30年ほどしか経っていなかったのです。

戦争の話は、まだまだ生々しさがありました。


さらに、40年前には、
まだ明治生まれの方もたくさん生きていました。


明治の人は、
それこそたくさんの戦争を体験していたはずです。


戦争を体験した人が、
どんどん少なくなっている。


これは幸福なことだと思います。

しかし同時に、
自分を含めて平和ボケした人たちが増えているのも事実。


さらに30年後には、どうなっているのか。
戦後100年を見届けたいと思います。

水曜担当…冨樫功



2017年8月14日(月)
無題                           月曜担当…池田光

4年前に読んで、今も強い印象が残っている、冨谷至『中国義士伝』(中公新書)。
この本には、3人の人物が義士として描かれています。

①蘇武(そぶ)……前漢の人。匈奴に捕われ、二十年間服従を拒み続けた。蘇武の事跡に関しては、『漢書』蘇武伝がある。

②顔真卿(がんしんけい)……唐代の政治家。安禄山の乱に際して義兵を挙げた。書家として後世に大きな影響を与える。

③文天祥(ぶんてんしょう)……南宋の政治家。科挙を状元(首席)で合格した。その人物を買われ、敵国であるモンゴル(元)への帰順を強く促される。

そして、終章では、有名な文天祥の「正気の歌」を取り上げて、「命を賭して守るべき『義』(義務)とは何か」を問うています。
その義務とは、社会エリートとして選ばれし者の責務にほかならず、ノブレス・オブリージュのことです。

文天祥のことをもう少し知りたいと思って購入していた本が、3冊あります。
・長田偶得『文天祥・藤田東湖・吉田松陰 正氣歌評釋』(大學館)
・田中芳樹『海嘯(かいしょう)』(中公文庫)
・梅原郁『文天祥』(新人物往来社)
しかし、『海嘯』『文天祥』については、ながらく積読のままでした。



この夏、ずっと読もうと気になっていた『海嘯』を手に取りました。
読み出すと、面白くて一気に読み終えました。
小説ですが、巻末の参考資料を見ると、歴史をきっちり押さえて書かれていることがわかります。
力作です。文句なくお勧めできます。
ただ、この本を読むなら、併せて先述の『中国義士伝』の第三章と終章にも目を通していただければ、理解に深みが増すと思います。

作品では、いろんな人物が物語を織りなすのですが、そんななかで、首相である「陳宜中(ちんぎちゅう)」という人物の生き方がストーリーに厚みを与えています。
彼は優秀で、忠臣たちが出すいろんな戦略案の短所(リスク)がよく見えるのです。その結果、どんな案にも賛成しかねています。
「では、あなたの代替案を出せ」
と迫られると、何も出すことができないのです。現実には、リスクのない理想案などは机上の空論なのに、これを求めて国をジリ貧へと追いやっていきます。
要するに、陳宜中とは、平時における有能な政治家なのです。自らも、南宋が平安であった「百年前に生まれておれば……」と嘆く場面があります。

しかし、時は有事です。
今や南宋が滅亡せんとするときに、義に奉じて多くの忠臣が命を落としたり、また敵国であるモンゴル(元)側へと裏切っていきます。つまり、忠なるもリスク、忠ならざるもリスクです。が、そんな渦中で、リスクの重みに耐えられない陳宜中はただオロオロするばかりです。
陳宜中はまるで、他人の案を批判するだけという今の野党やマスコミのような、情けない存在でしかありません。(とはいえ、陳宜中のほうが、まだ国を思う良き人物ですが……)

(横道にそれますが、安倍政権の支持が低くなっています。確かに権力側に奢りがあったにしても、また自業自得であったにしても、現状において現政権を潰そうとすることは亡国への応援につながるでしょう。今いちばん責めを負わなければならないのは、受け皿になることができない民主党のだらしなさでしょう。国を思うとき、現能力の分布図のなかでは、現政権を支持することが最善策のように思います。ほかにトップになる人材と、これを補佐する人材の厚みがある政党がないからです。……マスコミのように重箱の隅をつつくような小批判をするだけなら、この小説に描かれている陳宜中と同じです)

さらに陳宜中は、義に奉じることも国を裏切ることもできず、その中途半端な生き方は、気力が萎えた現代人を思わせます。
つまり陳宜中とは、現代人が宋代の滅亡期に紛れ込んだかのような存在です。そんな人間を布置することによって、現代社会に欠けているものを炙り出しているようにも思えます。
平和ボケとは、有事を想定できない思考回路のことです。平時においても、有事を思う精神が国民に旺盛であれば、つまらない指導者たちは淘汰されるはずです。

月曜担当…池田光



2017年8月13日(日)
先ず一事より                      日曜担当…八木正典

其の心を尽くす者は、其の性を知るなり。其の性を知れば、則ち天を知る。(孟子)
「其の心を尽くす」とは、心一杯の事を行い尽くすことなり。力を尽くすと云えば、十五貫目持つ力ある者は十五貫目を持ち、二十貫目持つ力ある者は二十貫目を持つことなり。是を以て考ふべし。(中略)一事より二事、三事より百事・千事と、事々類を推して是を行ひ、一日より二日、三日より百日・千日と、日々功を加へて是を積まば、豈遂に心を尽くすに至らざらんや。宜しく先ず一事より一日より始むべし。(講孟箚記)


どうしても性善説を再度理解したくて孟子/尽心章句を読んでおります。
儒学の世界で、聖人の学を伝え天下を治める道を説き続けたそのパワーとエネルギーが今でも伝わってきます。絶えることなく教えを伝え続けてくれた先人に感謝です。
教えを自分のものにしながら、どう伝えつないでいくことが出来るのかを考えながら、自分が出来ることを先ず一事より一日より始めていきたいと思うのです。

日曜担当…八木正典



2017年8月12日(土)
安居                           土曜担当…佐々木秀彦

車走っていて四天王寺前の交差点の赤信号で停まると真横に『安居天満宮』という神社がありました。何か強そうな雰囲気のある神社だなと思って注視すると、真田幸村終焉の地とも書いていました。僕は「愛って言うから意味わからなくなる、安居と書けば愛とは何かと悩む青少年も減るんじゃないか…」などと思いながらゆっくり車を走らせました。『あい天満宮』という素敵な名前の神社に一瞬で心を掴まれた瞬間でした。家に帰って興味津々で素敵な名前の由来を確認しますと『やすい天満宮』でした。『あい』という言葉とはどうやっても繋がらない由来の神社で、僕の『あい』は儚く散りました。

黄泉の国の『黄泉』は当て字だそうです。大和言葉の『よみ』を漢語の『黄泉』という文字を当て字で遣ったので、漢語での意味もそのままの印象に付随してしまい黄泉の国というのは地底深くに存在するイメージになったそうです。『ネノクニ』の『根』も同様に当て字らしいのですが、やはり『根』は地中深くのイメージなので、現代日本でも死後の世界はなんとなく地中深くに存在する印象が出来あがっています。その繋がりのまま地獄も閻魔大王も地中深くのイメージがあります。

伊勢神宮の内宮は皇大神宮で天照大御神をお祀りしております。別院の月読宮は月読尊を祀っており、この2つ併せてということでとても有名なので説明不要だと思うのですが、僕はこの『月読宮』の『ヨミ』は『ヨミノクニ』の『ヨミ』なのではないかと思っています。太陽に照らされているものは一目瞭然なので見たままですが、暗闇で見えないときには推察が必要となります。この推測推察が『読み』ということ、言葉にならないもの、形の見えないもの、人の心を『ヨミ』。だから僕は大和言葉の『ヨミの国』は絶対に地獄や魔界とは違うものと解釈しています。

安居天満宮は『あい天満宮』ではなかったのですが、僕の『愛』探しの旅はまだまだ続きます。ただ安居天満宮の住職に、もしお会いすることがありましたら、真田幸村と同様に、『あい』にもスポットを当てれば参詣者が喜ぶと思うのですと大きな声であいを叫んでみたいと思います。

読み違えができることも日本語の大きな魅力と感じます。『安易』な『ヨミ』間違いもこれはこれで楽しいものです。

土曜担当…佐々木秀彦



2017年8月10日(木)
自分を見失わない                   木曜担当…西端努斗夢

やることなすこと上手くいき、まわりの人からもチヤホヤされると舞い上がってしまい、自分を見失ってしまうことがあります。
自分を見失わないで居続けることは簡単ではありません。それだけに今、絶頂期にある人が本物かどうかは10年経たないとわからないと思います。特に精神世界や宗教関係の世界で指導的立場にある人はそれが顕著のようです。
まぁ私は大丈夫! まだまだチヤホヤされて舞い上がる域にまで達していませんから……

木曜担当…西端努斗夢



2017年8月8日(火)
笑いから、楽しくなる。運もやってくる。       火曜担当…柿原まゆみ

笑いは無上の強壮剤である。また開運剤である。
どんな悲観的な状況でも笑える心の余裕をもつ。
笑えば病は吹き飛ぶ。運命が開ける。

「笑いから楽しくなる」という側面がある。嘘でもいい。無理にでも笑うと
心が明るく伸び伸びしてくる。良い笑いは人生に良い花を咲かせる

          『働く君に贈る中村天風45の言葉』より


笑顔でいると「元気をもらった!」「1日頑張れそう」
「あなたと話すと楽しい」「嬉しい気分になる」と喜んでいただけます。

笑顔は相手も自分にも幸せな気分にさせてくれます。
幸せな気分の方のところに幸せな方が集まります。


逆にネガティブな気分の方が集まる所に同じ気分の
人が集まります。


作家の松浦弥太郎氏は
「いつも幸せな自分でいることは難しいけれど、いつも
幸せな自分だと考えることは誰にでもできる」と
書籍の中で書かれています。


また心理カウンセラーの心屋仁之助氏は
「先になりたい自分になっておくと後でそうなる」と書かれています。


天風先生がおっしゃる「笑うから楽しくなる」はまさに
なりたい自分に先になっておくなのです。


無理やりでも笑う→楽しい気分になる→幸せ力アップ→幸せな方が集まる→
嬉しい気持ちになる→笑う→幸せな人が更に集まる→運気UP→人生に良い花が咲く

ニコニコは大切ですね。

気分が落ちている時は
明るい笑顔の素敵な人に合うのがいいのかもしれません。

火曜担当…柿原まゆみ



2017年8月7日(月)
無題                           月曜担当…池田光

先週の金曜日に、三宮で夜間の講演をしました。
ハプニング続きでしたが、なかなか楽しいひとときでした。

主催者が初めて講演会を開催したという不慣れもあって、定刻になっても参加者が集まらず、45分遅れでスタート。
しかも、主催者のご挨拶が20分もオーバーしました。

こうして65分遅れでぼくの講演となりました。
当初は60分の予定でしたが、大幅に割愛して20分だけ話しました。
参加者の多くが60代、70代の方だったので、天風会の杉山彦一先生がよく語られていた次の言葉でまとめました。

四十、五十は洟垂れ小僧、
六十、七十は働き盛り、
九十になってお迎え来たら、
百まで待てと追い返せ。

威勢のいい言葉です。
誰の言葉なのだろうと気になり、ネットで調べてみました。
「澁澤栄一」と出てきました。

何年か前に、澁澤栄一の言葉集を出版したことがあり、その関係で、『澁澤栄一全集』(全6巻、1930年)や『澁澤栄一訓言集』などには目を通しているのですが、載っていなかったと思います。
もっとも『澁澤栄一伝記資料集』という膨大な資料は未見なので、どうなのかわかりませんが。
どなたか、出典をご存じであれば、お教えいただきたく思います。
それはそれとして、この言葉からすると、ぼくはまだ働き盛りに入ったばかり。
これからですね。

月曜担当…池田光



2017年8月6日(日)
「一なり」                         日曜担当…八木正典

或いは生れながらにして之を知り、或いは学んで之を知り、或いは苦しんで之を知る。其の之を知るに及んでは一なり。或いは安んじて之を行い、或いは利して之を行い、或いは勉強して之を行う。其の功を成すに及んでは一なり。(中庸)


学びを進めていても、なかなか先に進まず停滞してしまうことがあります。
それでもよく分からないながら更に前に進める道はないかと悩みながらも継続的に取り組んでいくと、ある時ヒントになるものが目に入ってきたり、ひょんなことから有識者からアドバイスをいただいたりして道が開けるのです。
苦しんで之を知る、勉強して之を行う。そうだとしてもたどり着くことが出来ればそれは同じものであり、何ら変わりはないのです。たどり着く努力を続けたいものです。

日曜担当…八木正典



2017年8月5日(土)
豆腐                           土曜担当…佐々木秀彦

『信仰はお豆腐のようになることです。豆腐は煮られてもよし、焼かれてもよし、揚げられてもよし、生で冷奴でご飯の菓によし、湯豆腐で一杯酒のさかなによし。柔らかくて老人病人のお気に入り、子供や若い者からも好かれる。男によし、女によし、貧乏人によし、金持ちによし。平民的であって気品もあり、上流へも好かれる。行儀よく切って吸物となり、精進料理によし、握りつぶして味噌汁の身となり、家庭料理に向く。四時春夏秋冬いつでも使われ、安価であってご馳走の1つに数えられ、山間に都会に…ドコでも歓迎せられる。貴顕や外客の招宴にも迎えられ、簡単なる学生の自炊生活にも喜ばれる。女は特に豆腐のようでなければいかぬ。徹した人は豆腐の如く柔らかくてしかも形を崩さぬ。味がないようで味があり、平凡に見えて非凡。』

上記は京都化野念仏寺、賽の河原脇の小屋に何の謂れや根拠も示さず、出典や作者の記載もないまま突然と掲示されている文章です。化野念仏寺界隈の嵯峨野は平安時代は風葬地でした。美しく表記すれば風葬地ですが、現在は火葬、その前が土葬、そういう意味の風葬です。当時どんな状況だったのか…僕は想像するのは断固拒否します。

平安京には西の嵯峨野、東の烏辺野、北の蓮台寺という風葬地が存在しました。この嵯峨野に地獄からの出口があり、烏辺野に地獄への入口があったとされ、昼間は参議として宮仕えをし、夜は地獄で閻魔大王の補佐官をしていたという元祖二刀流の伝説の歌人が、小倉百人一首の11番、参議篁、小野妹子の孫で、小野小町の祖父とも言われる『小野篁』です。京都市右京区嵯峨大覚寺門前六道町という地名は今でも正しい住所として存在します。京都市東山区には六道珍皇寺というお寺があり六道さんと親しまれています。この『六道』はもちろん仏教の六道輪廻のことですが、元々の風葬地にその地名が残るところも京都の魅力なのでしょう。どこまでが伝説で、どこまでは事実なのかを追求するなんて野暮なことは必要ないと思いますが、化野念仏寺は現実に観光客の人気エリアとなっております。

潔癖症で有名な作家の『泉鏡花』は豆腐が大好きなのに豆腐という文字が許せず、生涯『豆府』と表現し続けたという話。考えてみれば食べ物なのに頑なに『腐』という文字を伝統的に執着されている『豆腐』という食べ物は不思議です。

『豆腐の角に頭ぶつけて死んじまえ!』という言葉もありますが、信仰に限らなく、豆腐は何につけてもお手本として良い万能な凄いモノだなと感じた次第です。

土曜担当…佐々木秀彦



2017年8月3日(木)
ほのかな灯り                      木曜担当…西端努斗夢

湧くわく本心塾の目的は、“各自がそれぞれの持ち場で「一隅を照らす人」となっていただき、また「一隅を照らす人づくり」を行うこと”となっています。。
私が照らす灯りは、スポットライトに比べると豆電球のような小さな光です。けれど、そんなほのかな灯りでも、それさえあればどんな暗闇もかき消すことができます。
強烈な光を発し、一瞬にして周りを明るくする人に憧れる時もありますが、私は私、ほのかな灯りでまわりを照らし続けたいです。

木曜担当…西端努斗夢



2017年8月2日(水)
自分の人生から離れる経験            水曜担当…冨樫功

久々に司馬遼太郎の『項羽と劉邦』を読みました。

上・中・下巻の三冊です。

僕の場合、一冊読了するのに4時間くらいかかりますので、
合計12時間くらいは本を読んでいたことになります。

続けて読むと、
目も疲れるし、
日常生活にも支障をきたします。

それでも読んでしまう。


読んでる間中、今の自分の人生とは隔絶して、
気持ちは紀元前の世界に入っていきます。


その時間が、とても幸せなのです。


小説を読んでる間は、
何も生み出すことはできません。


他の何にも代えがたいすばらしい時間です。


今生を台無しにしかねないので、
普段あまり読まないようにしているのですが、
壮大な歴史小説を読むと、
大きな視点から世界がみえるような気がします。


自分を透明な存在として、
俯瞰してみえるような気もします。


これからは、制限を少なくして、
好きなものに浸る時間を増やそうかなと思いました。

水曜担当…冨樫功



2017年7月31日(月)
無題                           月曜担当…池田光

先週の続きです。
小島毅『朱子学と陽明学』(ちくま学術文庫)を読了しました。
とても刺激的でした。
入門書でありながら、最新の学問的水準をふまえた、歯切れのいい一冊です。

著者自ら、こう記しています。
「各章ごと、朱子学と陽明学とを対比しながら解説するというかたちをとった。このねらいは、われながらうまく達成することができたのではないかと思う」(11ページ)と。
実際に読んでみて、その通りでした。

文章も構成もわかりやすいだけでなく、これまでの先入観をくつがえすような知見が多々あり、小島毅『朱子学と陽明学』は得難い一冊だと思います。

初めて朱子学や陽明学にふれる方にも、懇切な用語解説があって入りやすく、豆知識も増えて、賢くなった気にさせてくれる一冊です。
第一冊目に何か読むとしたら、文句なく、小島毅『朱子学と陽明学』がお勧めです。

さらに解説書を読み進めていくなら、
・島田虔次『朱子学と陽明学』(岩波新書)でも、
・小倉紀蔵『入門 朱子学と陽明学』(ちくま新書)でも、
どちらに進んでもいいように思います。ただ、
①スタートは、小島毅『朱子学と陽明学』から入るのがよく、
②次に、島田虔次『朱子学と陽明学』(岩波新書)か、小倉紀蔵『入門 朱子学と陽明学』に進まれるとしても、どちらも捨てがたく両書とも読むのがいい、
③というか、読むなら島田虔次と小倉紀蔵の両氏のものを併せて読むのが良策であるように思います。

あるいは、方向を変えて、原典に進んでもいいかもしれません。
文庫本でも、原典を読むことができます。抄訳ながら、
①朱子学については、三浦國雄『「朱子語類」抄』(講談社学術文庫)、
②陽明学については、吉田公平『王陽明「伝習録」を読む』(講談社学術文庫)、
が手軽です。

実際、解説書だけで終わるのはよくありません。
やはり、原典を読むと肚の底のほうに落ちていきます。
ありがたいことに、上記の三冊の解説書は、なるべく原典から言葉を引くように心がけているようです。
以上をまとめると、写真のチャートのようになるでしょうか。



ところで、小島毅『朱子学と陽明学』は、各章ごとに朱子学と陽明学とを対比しながら解説するというかたちがとられているため、著者は、
「その一方で全体の大まかな筋書きが見えにくくなったきらいがないともいえない。」(11ページ)
と自書の足らざる所を指摘しています。
これを解消してくれるのが、小島毅『儒教の歴史』(山川出版社)です。



小島毅『儒教の歴史』(山川出版社)は、今年の5月に出たばかりの本で、目配りの効いた通史になっています。
また、巻末には58ページにわたる付録があり、用語解説、経書主要注解一覧表、年表、索引などが収録されていて、とても便利です。
ぼくは、今、この本を読んでいるところです。

月曜担当…池田光



2017年7月30日(日)
「道」                           日曜担当…八木正典

世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。
自我の意識は個人から集団社会宇宙に次第に進化する。
この方向は古い聖者の踏みまた教えた道ではないか。
新たな時代は世界が一つの意識となり生物となる方向にある。
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じていくことである。
われらは世界のまことの幸福を索ねよう。求道すでに道である。(宮沢賢治)

最近読んだ本の中で気になった言葉です。
以前立花大敬さんの「ひとついのち」の話を伺いましたが、一人一人がそれぞれ別々だと思っているけれども根っこでつながっているという考え方や意識の次元が上がっていけばみんな身内になってくるという話に相通じるものがあります。
その時の自己制約、自己制限を一つづつはぎとっていくしかないとの教えは今も心の中に生きております。
求道すでに道である。あせらず、あきらめず一歩一歩確実に、まことの幸福に向けて歩を進めていきたいと思うのです。

日曜担当…八木正典



2017年7月29日(土)
秘鍵                            土曜担当…佐々木秀彦

『…今日に至っては、功利主義の害毒は、人の心臓骨髄にまで浸み渡り、その習慣が遂に本性のごとくになってしまったこと、殆ど千年にもなるのである。そのため、世の中は知識をほこり、勢力をきしり、利益を争い、技能を高ぶり、名声を取り合うものばかりである。…(略)…そこで経典を博く暗誦していることは彼らの威張る助けとなり、知識の多いことは悪事をはたらくに好都合であり、見聞が広く経験の多いことは演説に役立ち、文章力のあることはごまかしを飾るに便利となる…(略)…ああ、このような長年積み重ねてきた悪習と、このような下劣な精神の上に、更にこのような俗悪の学術である以上、私の言う聖人の教を聞いても、現代には無用のものであると考えるのは、無理ならぬことである。そして良知だけでは不十分だとか、聖人の学問は役にたたないとかいうのも、そうなるべき必然の勢であるとしなければならない。』

陽明学といえば『伝習録』という印象すらあるのですが、王陽明に徐愛が入門したのが1507年。上巻刊行が1518年。続録、南本併せて現行に整ったのが1556年ということです。この時期の日本を見ますと、室町幕府の足利氏の勢力が衰えた戦国時代と呼ばれる時期です、織田信長が桶狭間の合戦に勝利したのが1560年ですから、日本の戦国時代と完全に重なるという感じです。

日本の室町幕府の衰退に関しては功利主義の毒害も因果していたのかどうかは不明ではありますが、上記は『伝習録』の『抜本塞源論』からの抜粋です。中国、明の時代後半辺りでは殆ど1000年に及ぶ功利主義が心臓骨髄にまで浸み渡った人が、聖賢の学問は役にたたないのが必然の勢だったそうです。

僕にとってこの『伝習録』はかなり難しい本なのですが、その中でもこの『抜本塞源論』の項は特に難しい印象をうけます。しかし上記抜粋部分は、現代日本社会で書かれた文章なのかと錯覚しました。安岡正篤師の昭和48年著なので、意図的にそういう印象に仕上げていらっしゃるのかもしれないのですが、難しい印象の中で、例え1行2行でもなんとなく自分の心に入ってきやすい文章に出会うと何か意義深い秘鍵を得たような嬉しさがあります。

このブログを書くために、さらにこの『抜本塞源論』を違う視点から何度も確認読みしますと、視界が0mの濃さの霧が何か少しだけ薄くなってきたような気がしてきました。その分だけ次回の六然講座の八木さんの『陽明学に学ぶ』の講義の楽しみが増えました。

土曜担当…佐々木秀彦



2017年7月27日(木)
言葉を紡ぐ                       木曜担当…西端努斗夢

見たこと感じたこと、突然浮かんだイメージを話したり、文章にするため、言葉に変換することはたいへんな作業です。

蚕の繭から絹糸を紡いでいくように細心の注意と熟練した技術が必要です。けれど、それだけに楽しく、やり甲斐もあります。


見たことや感じたこと、浮かんだイメージを100%リアルに相手に伝えることは不可能かも知れませんが、少しでも100%に近づけることができるよう、私は日々、言葉を紡いでいます。

木曜担当…西端努斗夢



2017年7月26日(水)
身命を賭す                       水曜担当…冨樫功

ひょんなことから、
勝海舟の氷川清話を読んでいます。

氷川清話は、勝海舟が新聞や雑誌などに話したことを編集してまとめたものです。

わかりやすい口語で小気味良い江戸弁でつづられて読みやすいです。

維新後も長く生き永らえた海舟は、
当時でも行ける伝説だったかと思います。


特に幕末は、たくさんの刺客が常に勝を狙っており、
生き延びれたのは本人も不思議なくらいだとのことです。

常に虚心平気の心を持てたのは、
もっぱら剣術と座禅の修行のおかげとのことです。


そして、勝は、危難に際会して逃れられぬ場合と見たら、
まず身命を捨ててかかったと言っています。


おそらく、死に際しても、
勝の心は狼狽するようなことはなかったのでしょう。


いつも、落ち着き、
覚悟を決め、
できることをしていった。

その成果として、
あの江戸の無血開城に至る大きな仕事をやりおおせたのだと思います。


少し前に、豊臣秀吉の小説を読んでいたのですが、
秀吉も、出世していく過程で命を捨ててかかるようなことが何度もあります。


それにすべて勝利して、
あの太閤秀吉があるわけですが、
それまでに、何度も死を覚悟してことに望んでいます。


現代では、
失敗して死ぬようなことはほとんどありません。

しかし、必要以上に失敗をおそれて、
大きな仕事がなかなか成されない。


そんなイメージを持ちました。       


有事の際には、自分も命を賭していけるような、
そんな心を養いたいと思いました。

水曜担当…冨樫功



2017年7月25日(火)
無題                           火曜担当…柿原まゆみ

今年は梅雨があける前から夏のような気温が続き、現在も猛暑日更新中です。
お店や電車の中は冷房が効き瞬間的には快適ですが
長時間過ごしていると身体が冷えてしまいます。


健康的な人の平熱は36.5~37.1度。
現在36度以下という「低体温」の人が増えています。

・手足が常に冷たい
・体温が36度以下
・入浴はシャワーのみ
・運動不足
・睡眠不足
・ストレスを感じることが多い
・冷暖房の効いた部屋に長時間いることが多い
・冷たい飲み物をよく飲む
書いている私も実は低体温。
測定すると35.2~35.8度しかありません。

体温が下がることによる免疫機能が低下します。

35.5度・・・排泄機能の低下
35.0度・・・ガン細胞がもっとも増加する体温
34.0度・・・水に溺れた人を救出後、生命の回復限界体温
33.0度・・・冬山遭難で投資前に幻覚が出てくる体温
33.0度・・・意識喪失
27.0度・・・死体の体温

35.5度から1度上げるだけで免疫力が上昇し、
37度まで上げると体内の酵素が活発化します。


低体温改善には運動すること。歩く、スクワット、腹筋など
筋力アップのトレーニングをすることで筋肉の量が増え、
体温を高まります。
また、入浴時に湯船につかること。10分程つかるだけで
体温が1度程度上がります。

その他
・白湯を飲む
・腹巻をする
・根菜類を食べる(身体を冷やす食材を食べない)
・睡眠をとる
・加工品を食べない
・ストレスをためない

暑い夏に冷たい食べ物・飲み物が欲しくなりますが
この時期に体温を上げることをしておくと免疫機能UPにつながります。

火曜担当…柿原まゆみ



2017年7月24日(月)
無題                           月曜担当…池田光

9月2日(土)に、六然講座の第三回が開催されます。
講師は、八木正典さん。
テーマは、「陽明学に学ぶ」です。

八木さんは、日曜日のブログを担当しておられます。毎週、『伝習録』や『言志四録』などの一節を引かれて、所感をつづられています。
前者の『伝習録』というのは、陽明学の祖・王陽明の言行録ですが、このように八木さんは自らを振り返るのに、陽明学を基準にされています。
そんな八木さんの講座が迫りつつあって、楽しみにしているところです。

ところで、ぼくは陽明学に不案内で、よく知りません。
なので、この機会に少しだけ予習することにしました。
手元にちょうど「朱子学と陽明学」という題名がついた三冊の本が積ドク状態になっていましたので、事前にこれらに目を通しておこうと思います。



①島田虔次『朱子学と陽明学』(岩波新書)
この本は、すでに読んでいたようです。2012年8月18日に読了したと記録されていました。が、記憶からまったく抜けておりますので、ざっと再読するつもりです。

②小倉紀蔵『入門 朱子学と陽明学』(ちくま新書)
現在、この本を読み終えたところです。
大きな収穫でした。今までにない斬新な切り口で面白く、儲けものをした感じがします。ぼくがこの本を買ったのは、2013年の初め頃です。が、その後、積ドクしていました。
読み終えた今、「積ドクとは、もったいないことをしていた」という思いでいっぱいです。4年半もこの本の良さに気づかず、読まずにいました。もし読んでいたら、もう少し目が開けていたでしょうに。

さっそく、同じ著者の本を5冊注文しました。『朱子学化する日本近代』『〈いのち〉は死なない』『韓国は一個の哲学である』『新しい論語』『創造する東アジア』(これらの内、4冊が届きました)。



さて、話を戻しましょう。『入門 朱子学と陽明学』は入門書として、『論語』の読み方なども指南してくれています。

■『論語』などの古典を読む際は、それに対する注や解釈こそが重要なのだということを、今の日本人はほとんど知らないような気がする。伝統的には、儒教を勉強する人は、本文を読むだけでなく、むしろ注釈を熱心に読んだのである。(178ページ)

■そもそも注や解釈を読まずに『論語』の本文だけ読んでいたって、無味乾燥でさっぱり面白くないではないか。『論語』の本文がおもしろいという人は、儒家の何たるかを知らない人びとなのである。(178~9ページ)

■「道徳主義だからおもしろくない」というのは、日本の戦後の悪しき傾向である。少なくとも東アジアの伝統というものを理解したいのだったら、朱子注で四書くらい読んでおかずにどうするのであろうか。(179ページ)

まったく同感です。
ずいぶん昔、ぼくが若かった頃、『論語』を読んでちっともおもしろく感じなかったのは、本文だけを現代語訳で読んでいたからです。
儒教とは、注釈の歴史です。言い換えれば、注釈という形をとった知の闘争の歴史です。東アジアの最高の頭脳が二千年にもわたって知の闘争をしているのです。『論語』をめぐって、どれほどの論争が繰り広げられてきたことか……。これがおもしろくないわけがない。

ところで、小倉紀蔵『入門 朱子学と陽明学』は入門書とは言え、速読はできません。何日もかけて丹念に読むと、朱子学や陽明学が「書籍」という形で対象化された文章群ではなく、生き物のような実態と実感をもって立ち現われてくることでしょう。まったく恐るべき本です。
(アマゾンの書評を見ると、評価にバラツキがあります。身体感覚として朱子学や陽明学を捉えるという視座に共感できないと、何が何だかわからないかもしれません。
多くの解説書では「理屈がわかる」というところに重きが置かれ、「朱子学を生きる」「陽明学を生きる」というところから遠く離れていると思うのです。これに対して、本書では、宋代や明代において、朱子学者が朱子学をどう生きたか、陽明学者が陽明学をどう生きたか、をえぐり出しています。
そして、現代において、朱子学を生きる、陽明学を生きる、というところにまで迫ろうとする本なのです。5章までで概説は終わります。6~8章に展開される3章には、新たな知見が満ちていて、ただただ読み惚れました。)

また、この本には、陽明学の花とも言える「四言教」(四句教)について少し書かれているのですが、ぼくにはよくわかりません。いずれ、ある時期に集中的に考えてみるつもりでいます。今は「四言教」についてはパスしています。

③小島毅『朱子学と陽明学』(ちくま学術文庫)
この本も買ったまま読んでおりません。
そもそも、小島毅の本はかなりたくさん積ドク状態になっています。せめて、この本は目を通しておきたいと思います。
また、もし余裕があれば、最近出された同じ著者の手になる入門書『儒教の歴史』(山川出版社)も買ったままですので、目を通しておきたいと思います。

そんなことをアレコレやっているうちに、アッという間に9月2日の講座がやってくることでしょう。どこまで準備できるかわかりませんが、予習をして臨むというのは、楽しいことです。

追記。小島毅氏の本を読む前に、ちょっと寄り道して、小倉紀蔵『〈いのち〉は死なない』をこっそり読んでいます。

月曜担当…池田光



2017年7月22日(土)
書生                           土曜担当…佐々木秀彦

『外客は日本を漫遊するにあたり、蓬髪弊衣、大なる杖または書物を手にし、世事関せず焉の態度をもって大道を闊歩する多くの青年を見たであろうか。これは「書生」(学生)であり、彼にとりては地球は小に過ぎ、諸天も高きに失しない。彼は宇宙および人生について彼独自の説をもつ。彼は空中楼閣に住み、幽玄なる智慧の言を食う。彼の眼は功名の火に輝き、彼の心は知識に渇く。貧窮は彼を前進せしむる刺激たるに過ぎず、この世の財宝は彼の品性に対する桎梏であると看做す。彼は忠君愛国の宝庫であり、国民的名誉の番人をもって自任する。その美徳ならびに欠点の一切を挙げて、彼は武士道最後の断片である。』

前回の六然講座の講義の中で紹介しました新渡戸稲造『武士道』の1節です。
講義では『発信』という題だったので、『武士道』の内容に関してはあまり深く取り上げませんでしたが、京都の祇園祭の後祭りということでもありますので、その本文の僕の印象深い1節を抜粋しました。この1節を読まれた印象はいかがでしょうか?英文の翻訳文らしく、どちらかというと直訳に近い文形式にして、逆にイメージし易いのを訳者は計算したような意図すら感じたりします。

外見的には昭和のバンカラまではこのイメージは残っていました。新人類世代の僕も見た目こそは小奇麗にしておりましたが、大まかな気質はこんな感じでもあったような気もします。ただただ大きく違うのは、『地球は小に過ぎ、諸天も高きに失しない』という部分で、地球どころか日本すらまだ得体のしれない広大さで、いくら背伸びをしても何も見えない学生でした。そして人生には僕独自の説をもってはいましたが、『宇宙』に関してはまったく何の考えももってはいませんでした。もちろん忠君愛国に関しては完全に干からびておりました。

この1節は全17章の第16章で出てきます。『武士道』に興味をもった外国人がこの本をもうすぐ読み終える段階で、この1節と出会います。出版されたのが明治33年、この頃の書生は当然ながら明治生まれ世代です。小学校が全国に現在同様に設置されたのが明治8年ということなので、間違いなく近代教育の小学校尋常科に通った世代です。武士道最後の断片を明治生まれの若者がしっかり引き継いでいると暗に全世界にアピールしているところに凄さを感じます。

ある意味、現代人にとっては興味ある異国の話として読む外国人の気持ちに近い『武士道』が教えてくれた『地球は小に過ぎ、諸天も高きに失しない』という基本を自分のものとしてしっかり受け継いでいきたいと思います。

土曜担当…佐々木秀彦



2017年7月20日(木)
高校野球                        木曜担当…西端努斗夢

去年から高校野球地方大会の模様を伝える仕事に十数年ぶりに復帰しています。
以前、このブログに書きましたが、過度に高校野球や高校球児を美化するマスコミのやり方に私はは違和感どころか嫌悪感を覚えます。
しかし、野球には、他の競技にない面白さがありますし、高校野球には、プロ野球、社会人野球にはない、素晴らしさもあり、それを伝えるのが私の仕事かなと思っています。
本日は、ほとんどの公立高校で終業式が行われるため大会はお休みです。私も一休みして英気を養い、明日からに備えます。

木曜担当…西端努斗夢



2017年7月19日(水)
読書のタイミング                   水曜担当…冨樫功

本を読むことが好きですが、
本を手に入れること自体も好きです。


新しい本を手にすることが、
脳内で快に設定されているようです。


買うのは10分もいりませんが、
本を読むのには1時間以上はかかります。


すると、自然、読めていない積読(つんどく)の本が増えていきます。


一度積読になった本は、
なぜか買った時ほどの輝きを持っていません。


もちろん、時間をおいたことで、
ベストのタイミングで読めたと感じられることもありますが、
それはまれで、
大体旬を逃したような感じになってしまいます。


旬を逃した本は、
手に取ることも苦痛になっていたりします。

いや、手に取ることを忘れることが一番多いですね。



結局、一番いい方法は、
やはり手にしたタイミングで読み始めること。


面白かったらどれだけ時間がなくても読み進めるでしょうし、
読み始めて続きが気にならないなら、
もう読まなくてもいい本だと思えます。


買っても、
借りても、
もらっても、
その日のうちに軽くでも目を通してしまうこと。


はじめにだけでもいいし、
目次を読むだけでもいい。



これが、本のタイミングを逃さない最高の方法な気がします。



これで、死に本が減らせればいいなあと思います。

水曜担当…冨樫功



2017年7月17日(月)
無題                           月曜担当…池田光

■既存の現代語訳
柳宗元(773~819)に、「始めて西山(せいざん)を得て宴游(えんゆう)する記」という名篇があります。これは、有名な「永州八記」の最初をかざる文章としてよく知られているので、柳宗元の文章を集めた本にはかならず採用されるものです。

さて、この文章の終りの方に、
「心凝(こ)り、形釋(と)けて、萬化と冥合(めいごう)す」
原文「心凝形釋與萬化冥合」
という一文があります。

ぼくはこの一文の「心凝」「冥合」の語に反応し、これは「瞑想による心の深化プロセスを描いたもの」だと思いました。



さて、上記の「心の深化プロセス」の観点からぼくがどう現代語訳したか、については後で触れることにして、まず既存の現代語訳を掲げます。
調べた限りでは、ほぼすべての訳書が同様の現代語訳をしています。以下、既存訳をご覧ください。

①「心は凝り定まって動かず、身体は釈(と)けて何のこだわりもなくなり、現象の万化と深く一つになってしまった。」(星川清孝『新釈漢文大系』唐宋八大家読本二より)

②「精神が一つにかたまり肉体はなくなってしまって、いつのまにか万物の変化と一致している。」(横山伊勢雄『中国の古典』唐宋八家文上より)

③「精神だけが一つにかたまり、肉体はなくなってしまったごとく、万物の変化とおのずと一致してきた。」(清水茂『中国古典選』唐宋八家文上より)

④「心がひとつにこりかたまり、からだの方はばらばらになって、万化、流転してやまぬ万物の変化のなかに、冥合、いつのまにかとけこんでしまっていたのである。」(筧文生『中国詩文選』韓愈 柳宗元より)

⑤「心は凝結し身は解体して、万物の変化の中に溶けこんでいった。」(興膳宏『中国名文選』より)

⑥「まるで身も心もとろけて、万物の運行代謝に同化してしまったようだ。」(下定雅弘『柳宗元』より)

六つの現代語訳を掲げましたが、どの訳にも特徴的なのは、①~⑤のすべての訳が中国文の学者らしく同じ発想で訳されているということです。
それは、中国文は対句になっていることが多く、「心凝(こ)る」と「形釋(と)ける」を対句として訳しているということです。
つまり、対句として見ると、「心」に対して「形」は肉体や身体、と解釈することになります。
同様に「凝る(かたまる)」と「釋ける(なくなる)」も対比概念となります。
上記の五つの現代語訳はすべて、ここを踏まえて訳されています。
(⑥は意味をなんとか通そうとして意訳しているように見えます)

ところが、ぼくは、「心(精神)はかたまる」「肉体(身体)はとける」という対句で解釈すると、意味が通らないように感じるのです。試しに、「心がかたまって、肉体がとけて、万物の変化と一体となる」という状態を、どなたか説明できるでしょうか。

■池田訳
上記の既存訳では、「心」と「形」、さらに「凝る」と「釋ける」を対語として解釈していましたが、ぼくは、「心凝る」と「形釋ける」を対句とは見ません。

そうではなく、①「心が凝る」→②「形が釋ける」→③「萬化と冥合する」という順で精神状態が深まっていく過程、つまり精神が深化していく時間的経過を描写しているのだと読み解きます。

①「心が凝る」……そもそも、自ら精神を集中させようとすることを「心を凝らす」と言います。「心が凝る」とは、精神が集中すること。言い換えれば、瞑想状態に入ることと解釈します。(サマーディ=三昧を「息慮凝心」と訳す例があります。)

②「形が釋ける」……「心」「形」を対語とはみなさないので、「形」を肉体や身体と解釈する必要はありません。「形」とは、すべての形あるもの(肉体もそのまわりの自然も含めて)と解釈するのが自然だと思います。

③「萬化と冥合する」……「萬化と冥合する」の主語は何でしょうか。「私」ないしは「心(精神)」を主語だと考えます。

すると、次のような現代語訳ができます。

【池田訳】「精神はおのずと集中していって瞑想状態となり、そんな精神の深まりのなかであらゆる形あるものが溶けだし、私(精神)は万物の変化と冥合する。」

つまり、西山に登って宴游した柳宗元は、仲間とともに酒を楽しみ、そうした状況のなかで、おのずと瞑想状態になります。そして精神が深化するにつれて、肉体も自然もあらゆる形あるものが溶けだしていくという認識変化が起こり、やがて柳宗元は変転きわまりない万物の移ろいと一体となったのです。これはある意味で、天風先生の言う「神人冥合」とも近い状態です。
このように、「瞑想による心の深化プロセスを描いたもの」という解釈をすると、これは一種の覚醒体験だと言えるのではないでしょうか。ちなみに、宴游の「游ぶ(遊ぶ)」とは、心を解放するというような意味合いが含まれています。

■荘子的な覚醒体験
柳宗元は儒家でありながら、老荘思想や仏教にも親しんだ人です。「心凝」「萬化」「冥合」は老荘思想を想起させるように感じるのですが、どうなのでしょう。

永州に左遷させられた柳宗元は、元和四年にこの地で西山を発見します。それがこの「始めて西山を得て宴游する記」です。

では、柳宗元における「西山の発見」とは何だったのでしょうか。西山という自然の発見にとどまらず、「心が凝る」→「形が釋ける」→「萬化と冥合する」という精神的深化の覚醒体験をも含まれているのではないでしょうか。
この覚醒体験とは、「万物の変化」と一体になるという『荘子』的な覚醒体験だと思えます。覚醒的な体験だとすると、柳宗元のその後の人生に影響があると思うのですが、実際はどうなのでしょうか。

繰り返しますが、柳宗元における「西山の発見」とは、西山という山の奇異なる自然と、荘子的な覚醒体験とが一体となったものの獲得だったように思えます。そのような問題意識をもって、柳宗元の「永州八記」を始めとする詩文を読んでいきたいと思います。
(現在、「永州八記」の二番目の作品を読んでいるところで、本文はまったくの仮説です。)

月曜担当…池田光



2017年7月16日(日)
「実践する」                       日曜担当…八木正典

人須らく事上に在りて磨錬して功夫を做すべく、乃ち益有り。もしただ静を好むのみならば、事に遭えば便ち乱れ、終に長進無く、かの静時の功夫もまた差ふ。収斂に似て実は放溺なり。

先週、仕事であまりにも怒り心頭に達する出来事があり、その場で全く怒りが抑えられなかったばかりか翌日もそのことを引きずり続け、全く成果が上がらないという状況でした。
後から考えると対応の仕方はいくらでもあったのに、心を落ち着けて状況を判断すればいろいろと手の打ちようもあったのにその時は怒りに捉われて全く駄目でした。
学び続けているのにいざというときに使えず、学びを実践することの難しさを感じました。
また1からやり直しで、一つずつ意を誠にし行動を積み上げていくいかないと考えております。

日曜担当…八木正典



2017年7月15日(土)
絵本                            土曜担当…佐々木秀彦

僕は図書館カードを2枚持っています。大阪には24区それぞれに1館づつある大阪市立の図書館と中之島と東大阪にある大阪府立図書館があり、府と市と登録もカードも別になっています。こういうところにも府と市の2重行政が現れてはいるのですが、まあそういうものだということで制度に従って2枚の図書館カードを持っている訳です。

中之島図書館は僕のお気に入りの図書館で、建物の雰囲気が気に入っています。ここの図書館に入るだけで、何か気持ちが切り替わるのをいつも感じます。気分転換だけで中之島図書館に行くようになったのですが、今は常に3~4冊の本を借りています。返却期限のたびに中之島図書館に行くのが、返却の義務にかこつけた些細な楽しみになっています。

そして大阪市立中央区島之内図書館へは、チビスケの絵本を借りに行っています。きっかけは紙芝居です。地域に密着している意識の証明なのか、子供向けの本が充実していて、紙芝居もかなりの蔵書があります。どこかのイベントで偶然やっていた紙芝居をかなり真剣に物語に入り込んでいたチビスケを見て、島之内図書館に紙芝居がたくさんあったことを思い出して借りにいくようになったことがきっかけでした。今は紙芝居より少し内容のある絵本が良いかという時期になってきたようなので、絵本に移行したばかりという状況です。そして気が付けば、この子供用の紙芝居や絵本を探す時間も、実は僕にとってとても希少な気分転換の時間になっています。2週間の返却期限で毎回7~8冊を借りるのですが、絵本にもいろいろ個性があります。押しつけがましい感じやら、主人公が悪者ををだまし討ちにして笑顔になるお話しやら、悲劇なだけのお話しやら、油断すると後味が悪くなる絵本がけっこうあるのです。もちろんそれ以上に素敵な絵本も沢山あるのでその選別に夢中になっていると言っても過言ではないくらい楽しんでいます。

今借りている絵本の一つは、動物園から突然『てんてん』と『まる』がどっかへ行ってしまって、『どうぶつえん』が『とうふつえん』になり、『コリラ・ソウ・ラクタ・ハンタ・カハ…』漫才コンビのような飼育員が吉本新喜劇的になんとか『てんてん・まる』を探し出して解決したら、お客が来なくなって困った園長が、『とうふつえん』の園長としての責任感で『とうふ』を作り始めたのが、無事『どうぶつえん』に戻った後も『とうふ』は動物園の名物になったというオチがついたお話しですが、僕はこの絵本のような壮大なスケールでの冒険活劇が大好きです。

いままで絵本と紙芝居を両方借りてきていたのですが、紙芝居を徐々に減らし、今回初めて絵本だけにしたのですが、紙芝居も1つだけ入れて欲しいとチビスケから要望がありました。僕はここぞとばかりに紙芝居は全力で演じるので、その紙芝居がなくなって実は少し寂しい僕の気持ちを、僕以上に知っていたのはチビスケだったのかもしれません。チビスケは紙芝居が楽しいのではなく、紙芝居を演じている僕をみるのが楽しかったということでしょう。絵本ももっと気合い入れて演じなくては…

土曜担当…佐々木秀彦



2017年7月13日(木)
フリースタイルが一番楽               木曜担当…西端努斗夢

この夏は、去年に続いて、かつて勤務していた会社で仕事をさせていただいています。
当時若かった私も年齢を重ね、久しぶりに古巣をたずねると、かつて一緒に仕事をしていた同僚や後輩たちがそれなりのポストに昇進していてなぜか嬉しくなります。

仏教では、「随喜功徳(ずいきくどく)」という「共に喜ぶことが功徳になる」といった教えがあるそうですが、そんなことに関係なく私にとって同僚や後輩の出世は、理屈抜きで嬉しいです。

「私も会社を辞めていなければ今頃は……」と思うこともありますが、やっぱり私は、どう考えても今のフリースタイルが一番楽で、会社勤めには向いていなかったと思います。

木曜担当…西端努斗夢



2017年7月10日(月)
無題                          月曜担当…池田光

レコードはあるが、プレーヤーがなくて、ここ何十年も聞けなかったアルバムがある。
ぼくが二十歳前後によく聞いた、中山ラビ。
ラビのレコードは、あの頃の思い出と結びついている。



東京生まれのラビは、関西でライブ活動を開始した。
ぼくが学生時代に入り浸っていた神戸元町のジャズ喫茶ソウルインでも、マスターが語るには、「あの舞台でよく歌ってたよ」と。
ソウルインは、五階建てのハイツの二階にあった薄暗い喫茶店で、丸太のような長いテーブルが二本。
奥に、ラビが歌ったという三畳ほどの小さな舞台があった。

ぼくは授業をさぼると、毎日のように、ソウルインで珈琲カップを片手に本を読んでいた。すると、仲間たちが一人、また一人と集まってくる。
(一杯の珈琲を二、三時間かけて飲むことをここで覚えた)

午後一番には、女子高を早退して高二のM子がやってくる。彼女は生徒会長だったが、不良っぽくて、メンソール入りの細いのをふかした。169センチの身体を小さくして、ぼくらの傍にいるのが日課になった。
詩を書いていて、どこかの文芸誌に採用されたという作品を清書して、ぼくにくれたことがあった。ペン習字のような字だった。
たまに、靴箱に入っていたという同級生や下級生からのラブレターをカバンから取り出して封を切っていた。「女子高ってこんななのよ」と見せてくれた。
あるとき、神戸港に上陸したばかりの船乗りの黒人がやってきた。M子は何やら話していたが、夜の八時頃に二人は連れ立って店を出て行った。
「マスター、どうしよう……」
と、ぼくは助けを求めた。マスターは冷静で、
「M子は自分から付いて行ったんだろ?」
「そうです」
「なら、問題はないよね」
と。ぼくは心配しつつも、うろたえたことを恥じた。
マスターは<意思の自由>とか<自己責任>という言葉を使わなかったけれど、ぼくはこの出来事からそんなことを考えるようになった。
彼女は高三になると本格的に受験勉強を始めた。(その甲斐あって、翌年にはちゃんとした女子大生になっていた)

もう一人の常連は、高校時代からの友人で、京大の哲学科しか行かないと宣言して浪人していたB君。彼は、有名予備校を特待生の待遇=授業料無料で通っていた秀才だった。
が、道を踏み外して、ソウルインに入り浸るようになった。それでも受験勉強が気になっていたらしく、英語の勉強だと言っては洋書を取り寄せて哲学を読んでいた。
(B君は五十代の半ばで亡くなり、ぼくの書斎には彼の遺品と小さな肖像画を祭っている)

ほかにも仲間が集まりだすと、ぼくは二杯目の珈琲を飲む。そして夜まで話すのだ。いつも哲学っぽいテーマで話していた……。
夕方になると、マスターが気をきかせて雑炊みたいなものを作ってくれた。これは無料。
一日に一度は、中山ラビの曲をリクエストした。

こうして、ぼくらのグループが一本のテーブルを占領していた。
もう一本のテーブルでは、白っぽいラフな服を着て、虚ろな目でふわふわと存在感がない感じで漂っている数人の細身の男女がいた。腰まで髪を伸ばしていた。ヒッピースタイルというのかもしれない。床には、彼らが齧ったクスリが散らばっている。ラリっているのだ。

やがて、こんな日常に終止符を打つときがやってきた。
マスターが芥子か何かを栽培していたらしく、お上に捕らえられて休業となったのだ。一度再開したと思うが、まもなく廃業した。
考えてみれば、朝から晩までぼくらがテーブルを占領していて、飲み物を二、三杯しかたのまず、しかも無料で食べさせてくれるのだから、喫茶店経営でやっていけるはずがなかった。

こんなささやかなエピソードを書いたのは、数日前に、CD版の『ラビ 女です』(これが一番気に入っている)を聞いたから。……四十年以上も前に聞いていた曲が、今のぼくにどう聞こえるのかと思い、『ラビひらひら』とともに買い求めた。



あの頃の記憶と結びついていている曲ばかりだった。その後のぼくにどんな影響を及ぼしているのか……。
あの頃は、世間的な意味で、堕落していた。が、あの頃の体験は、ぼくにとっては親やイエから解放されるプロセスだった。
ぼくにとってラビの歌は、二十歳前後のぼくが自立していく過程で、深く結びついたものだった……。

月曜担当…池田光



2017年7月9日(日)
「当下」                         日曜担当…八木正典

人あえて当下に休せば、すなわち当下に了せん。
もし個の歇(や)むところを尋ぬるを要せば、婚嫁(こんか)完しといえども、事また少なからず。僧道好しといえども、心また了せず。
前人云う、「如今、休し去らばすなわち休し去れ。もし了時を覓(もと)むれば、了時なからん」。これを見ること卓なり。 (菜根譚後15)


今この瞬間に悪しき習慣をやめようと思えば意志の力でやめることが出来る。今この瞬間に善きことを行おうとすれば意志の力で始めることが出来る。最近、心の力について尊敬する多くの方からアドバイスを頂き学ばせていただいておりますが、思いの力、心の力は素晴らしいものです。頭が勝手の色付けした、制限したものを取り払い、この一瞬、一瞬を大事に、今この瞬間を生きていたいと思うのです。

日曜担当…八木正典



2017年7月8日(土)
昼夢                           土曜担当…佐々木秀彦

「計画的に」という言葉はよく聞きます。今、僕の住んでいるマンションは大規模修繕工事の真最中なのですが、この修繕工事が進行しているのを肌で感じる状況で、この「計画的に」という言葉を再考してみたくなりました。
通常分譲マンションは、建築されてすぐ長期修繕計画を策定し、その計画に沿って改修工事を進めていくことになります。初期段階の長期修繕計画では通常35年ぐらいの計画を策定している場合が多いかと思います。
不動産業に携わる僕は、不動産購入時に、この35年の計画は遥か未来までの計画と認識される方が多いことを感じております。しかし、35年程度の計画は実は目先最低限の修繕計画であるのが本当のところなのです。

植物の種を蒔く時、まず土を整備します。相応しい季節に種を蒔き、適正な水分を補給し雑草や害虫に対処しながら、育てます。すると然るべき時になると花や実がなる。実に計画的な作業を遂行することとなります。建物も同様で、鉄やコンクリートの経年劣化は予め予測できることから計画的に修繕することが効率的なわけです。

仕事においても新規開拓をすることを「種を蒔く」と表現する営業マンは多くいます。営業は人間関係を形成することも重要なので、おそらくこんな表現となるのだとは思いますが、実は営業マンではなくても人間関係形成においてはやはり植物を育てるのと同様な時間や気配りは最低限必要な作業なのではないでしょうか。そしてそれはさらに自分の心を育てるのにも同様な作業が必要だと僕は考えます。

伝習録の死生の道という中に、「昼夜を知れば即ち死生を知らん」と先生が言ったので弟子が「昼夜の道」を問うと「昼を知れば即ち夜も知ることができる」との返答に対し「昼は当然知っている」と弟子が言ったところ、「一呼吸の間にも心を養い、一まばたきする間にも心を存するに努めて、この心が常に光明となり、天理一息の間断ない状態にあってこそ、やっと昼を知ったといえるものである」と先生は言い、弟子はまだまだぼんやりとして昼夢を見ているような生き様だから、死生を問うてみても理解できるわけないと話したというような要旨の項がありますが、この昼夢ではない状態にするには、計画と実行なのかなと感じるわけです。

小さな計画…今日の昼はパンにしよう、今夜は少しゆっくりお風呂につかろう、3時になったらコーヒーを飲もう、等々小さな小さな計画とその実行が、昼夢ではないことなのかなと思う訳です。これが5年後10年後35年後と広がれば「死」まで到達する。「死」が計画に入ったなら「生」が明確になってくるとここだけ書くと急にぼやけて見えたりもするのですが、小さな小さな計画の中にが住居の長期修繕計画や8年10年収穫まで年月を要する植物を植えたりして、長期的な小さな小さな計画に取り入れれば、昼夢解消に大きな助けになるのではないかと、修繕工事を眺めながら感じたりします。

土曜担当…佐々木秀彦



2017年7月6日(木)
“あげる”と“もらう”                  木曜担当…西端努斗夢

「お手伝いをしてあげる」と「お手伝いをさせてもらう」など、「○○して“あげる”」と「○○させて“もらう”」という言い方があります。
どちらも同じことをするのですが、○○して“あげる”と、エネルギーを与えてだんだん元気がなくなっていくそうです。
反対に、○○させて“もらう”と、どんどんエネルギーをもらって元気になっていくと誰かが言っていました。
“あげる”と“もらう”、単なる言葉遊びだと考えられなくもありませんが、恐るべし言葉の力! 侮ることはできません。

木曜担当…西端努斗夢



2017年7月3日(月)
無題                           月曜担当…池田光

■1
藤井聡太四段の連勝がストップしました。都議選では小池さんの大勝となりました。昨日は歴史が動いた一日でした。

すっかり忘れていたのですが、「そういえば、息子も将棋少年だった時期があったね……」と家内と話しているうちに、すこし思い出したことがあります。

・幼稚園の頃の息子に将棋のルールを教えたのは、ぼくです。が、10局ほどの勝負で息子に勝てなくなりました。ぼくの代わりに息子は、将棋が強かった祖父と毎晩のように差すようになり、祖父(ぼくの父。アマチュア4段)は喜んでいたと思います。

・中学一年のとき、息子が商品券を持って帰りました。わけを聞くと、学校帰りに加古川の将棋倶楽部に何度か通っていたらしく、そこで優勝して商品券を副賞としてもらったのです。しかし学校帰りに寄ることは校則にも反していることから辞めることになりました。

・高校一年のとき、学校から送られてきた学園誌に息子の名前があり、記事を読むと高校生の兵庫県将棋大会で2位になり、表彰されたとありました。学園誌で初めて息子が学校の将棋クラブに入っていたことを知りました。
3位までが関西大会に出場できるのですが、息子は遠いところに出かけるのがイヤで辞退したと言っていました。4位が息子の友だち(将棋クラブの仲間)で、繰り上げで関西大会に出場できた、と喜んでいたそうです。
ちなみに、1位と3位は灘高の生徒で、息子が通っていた高校と灘校が上位を占めていたようです。どうも息子にとっては、将棋は遊びの一つに過ぎなかったようです。だから、このレベル(将棋の強い田舎のおっちゃんレベル)で終わったのでしょう。

■2
ぼくのオヤジは、将棋だけでなく、囲碁もアマチュア4段で、いろいろ勝負事が強かった人です。
(写真はオヤジが愛用していた脚付将棋盤です。戦後まもなく、物資が少ない頃、友人の職人が作ってくれたものだそうです。盤の目の線の引き方は、真剣の刃に漆を塗って一気に一本線を引くのだと聞きましたが、オヤジはその作業を見ていてハッと息をのんだと話していました。)



そのオヤジに、ぼくは小学生低学年だった頃、花札でコテンパンにやっつけられました。正月の三が日を徹夜のように勝負して負け続け、ぼくはこの日を境に、一切のバクチのような勝負事をしないと心に誓いました。
以来、パチンコも、麻雀も、競馬も、競輪も、宝くじもまったくしたことがありません。
(注:宝くじは、サラリーマン時代、職場のみんなで運だめしで買いましょうということになり、お付き合いで一回だけ買いました。)

その代りにぼくがやったことは、「自分が勝てるルールを作って一番になる」ことでした。

既存の土俵のなかで一番になるのは、ナンバーワン戦略です。
これに対して、自分が有利になる土俵そのものを自ら作って、そのなかで一番になるのはオンリーワン戦略です。
企業でも、ニッチなマーケット=土俵を自分で設定し、そのマーケットで一番になる戦略は、オンリーワン戦略だと言えます。

サラリーマン時代に、ぼくの上司だった副社長から、「池田はずるいな。自分で土俵を作って、そこでいつも一番になっている」と言われたことがあります。裏から見れば、これは褒め言葉でもあり、そんなやり方を買われて経営企画室に異動になったこともありました。

■3
オンリーワン戦略は、弱者の戦略だと思います。
ことわざに、「鶏口となるも牛後となるなかれ」というのがあります。
これは、大きな集団の中でビリでいるよりも、小さな集団であってもトップとなって生きようということです。

集団を「土俵」に置き換えると、大きな土俵の中でビリに甘んじるのではなく、小さくても自ら土俵を作ってトップとなることであり、これがオンリーワン戦略です。

しかし、昨日は歴史が動きました。
都議選では、ビリがトップになりました。既存の土俵の中では、トップが圧倒的に有利なのですが、そこを覆しました。弱者がナンバーワンになったのです。
藤井聡太四段の連勝は止まったものの、連勝記録のトップとなりました。

トップとなったのには、理由があると思います。
都議選にしても、藤井聡太四段にしても、いくつかの要因が思い浮かびますが、それはそれとして、弱者が確実に勝てるのがオンリーワン戦略です。
オンリーワン戦略では歴史は変わらないかもしれません。が、ぼくはオヤジからコテンパンにやっつけられてバクチをしないと誓ってから、確実な一手を差す生き方に楽しみを見出しています。

■蛇足
ぼくはカラオケを57歳から始めました。
それまでは大のカラオケ嫌いで、逃げ回ってばかりいたのですが、57歳が転機となりました。

ところで、カラオケには、点数を出したり、みんなで競い合ったりする機能があるようですが、ぼくはこれが大嫌いなのです。
たぶん勝負事を避ける上記のトラウマがあるためでしょう。

カラオケでは、ぼくは歌を楽しみたいのです。歌の気持ちを感じたいのです。
上手に歌うことよりも、気持ちよく歌い、音程を大きく外すことなんか恐れず、歌の気持ちを感じたいのです。

音痴でいい、自分のルールで楽しみたいという、そんな気持ちでいます。これも、ぼくにとってのオンリーワンのあり方です。
いろんなところに、自分が出るなあと思っています。

月曜担当…池田光



2017年7月2日(日)
「六然講座」                      日曜担当…八木正典

7月の第二回六然講座に参加してきました。
佐々木先生、富樫先生、池田塾長の「発信」をテーマにした講義で、多くの新たな気づきを得ることが出来ました。
佐々木先生からは、明治時代の有名な著者である新渡戸稲造、福沢諭吉、中村正直の紹介により「発信」に対する背景、取組を説明いただき、湧くわく本心塾塾則により発信する方向性の重要性を解説してもらいました。
最後に佐々木先生の出版に対する熱い思いともにミニブックをいただきました。佐々木先生の人柄が溢れる文章を楽しく、面白く読ませてもらいました。
冨樫先生からは、自身のブログ配信の経験を踏まえての「発信」の考え方を教えていただきました。15年間もブログ(当初はブログという名前すらなかった)を続けられているだけあって
深い経験に裏付けられた内容で見事な講義でした。「いい話は3日以内に5人にしゃべる」はすぐに取入れていきたいと思います。
池田塾長からはご自身で数多くの出版を通じて考えていること教えていただきました。
『受ける側が自身で内面に在るものに気づくための「鍵」を渡す』という考え方には非常に感動するものがありました。
お三方からの講義を通じて、自分が普段発信していることに関して何が不足しているのか振り返ることが出来ました。自分では気づけない思考を教えていただき本当にありがたいことです。これから自分が一体何を誰にどの方向性で発信するのかを改めて意識しながら活動していきたいと感じております。

日曜担当…八木正典



2017年7月1日(土)
藹然                           土曜担当…佐々木秀彦

六然訓の2つ目が『人處藹然』
安岡正篤師の解説では「人に處すること藹然。藹然は草木のよく延びるさま。それよりして人に対してなごやかにのびのび感じさせること。」とあります。
素直ややわらかという印象を相手に感じさせるように、人に対しては接していくべしという感じなのでしょうか。素直でいる、やわらかでいる、という自分基準・自分完結ならなんとか達成も目指せるでしょうが、自分完結ではなく、相手に感じさせる次元まで引上げてこそ初めて価値があるというのもなるほど、当然と言えば当然です。

今日が第2回六然講座の開催日で、テーマが「発信」です。個人が何かを誰かへ発信するという時も、この『藹然』は大きなポイントになります。発信する時、一番気をつけなくてはならないことは、相手にどう伝わるかです。「好きです!」と言って、相手がどう受け取るのか…?ロマンチックなムードになってから呟けば恋愛の意味と受け取るでしょう。お店で勧められた商品を買ったとき店員から言われれば、ありがとうございますの意味と受け取るでしょう。初対面でいきなり言われたら個性的な人と受け取るでしょう。そう同じ言葉でも受け取られ方は星の数ほどあるものです。

素直と感じさせることに偏重すると、経験が浅いという印象を与える可能性も大きくなります。やわらかに偏重すると日和見的と感じる人も出てくるでしょう。そんなふうに考えると『なごやかにのびのび』という言葉は、偏重し難い、噛めば噛むほど良い表現だなと感じます。

藹然を辞書で引くと①雲・霞?(かすみ)?などがたなびいたり、もやが立ちこめるさま。「―たる暁霞?(ぎょうか)?」②気分などが穏やかでやわらいださま。と出てきます。辞書の意味は解り難いですが、「和気藹々(わきあいあい)」という言葉や、草木がこんもりと茂った様を「藹藹(あいあい)」という使い方を並べたらなんとなく意味は見えてきます。辞書的にはきっとそんな感じなのでしょう。

湧くわく本心塾の塾則第3条の実践項目に『善い言葉を語る』という項目があります。これを実践するためにも『人處藹然』は強く意識したいものだと感じました。

土曜担当…佐々木秀彦



2017年6月29日(木)
感受と求感                       木曜担当…西端努斗夢

何かを見聞きして感じる受動的な力と何かを求めて感じる能動的な力を比べたら、能動的な感じる力の方が強いです。
学問もそうだと思います。ただ、受け身で学ぶのと何かを求めて学ぶのでは、得るものに大きな差が生まれます。
子供の頃から学問は苦手で好きだとは言えない私ですが、これからも真理や真実は求め続けていきたいです。

木曜担当…西端努斗夢



2017年6月26日(月)
無題                           月曜担当…池田光

谷川徹三(1895~1989)という哲学者がいますが、若い頃の写真を見ると大変整ったお顔立ちをされています。
いまは、谷川徹三といっても知らない方が多いかもしれませんが、詩人の谷川俊太郎のお父さんです。

谷川徹三は通人でもあり、彼が絵付けした茶碗などを始め、幾点かを持っているなかの一つが、長いあいだ事務所の壁に掛けていた色紙(写真)です。



「人間とは常々人間になりつつある存在である」(谷川徹三)
と書かれています。
この色紙の一番目の「人間」と、二番目の「人間」とは、同じ文字ですが意味は違っています。

一番目の「人間」とは、いわば「生物として、この社会に生まれた人間」でしょう。
二番目の「人間」とは、「社会で認められた人間存在」、さらには「人間としてのあるべき姿=理想像」でしょう。

■思想を選択する
人間としてのあるべき姿は、思想によって変わってくると思います。
仏教なら、仏性を顕現した人。
儒教なら、聖人。
天風哲学なら、絶対積極の人。
といったように……。このように、あるべき人間像とは相対的なものです。

さしずめ、ぼくの場合は天風哲学における理想的人間になろうとしているわけです。
どんな思想を選ぶにしろ、その思想が描く理想像に向かって人は学びを深めていくことが大切だと思います。
つまり、
① いかなる思想を選ぶか……これを自らの責任において決定し、
② 選んだ思想のなかで自らを磨いていく
ということだと思うのです。

【注1】どんな思想に出会うかは、たぶんに偶然によるでしょうが、これを必然にするのが「自らの責任において決定する」という作業です。

【注2】「普遍的・絶対的な理想像としての人間」というものがあるのでしょうか。そんなのは幻想だと考えたほうがいい。最初からここを期待したら、何者にもなれないような気がします。

■内なる本来性の顕現
別の角度から、二番目の「人間」を考えてみましょう。

たとえば楡(にれ)の木に喩えると、一粒の楡の種が立派な楡に育つことが、「樹とは常々樹になりつつある存在である」ということでしょう。
ここには、思想などの介在する余地はありません。
自らの内に、本来性が具わっており、これを現実化させるだけです。

人間も同様に、本来持って生まれた「人間性」を現実化させることが、「人間は常々人間になりつつある存在である」ということかもしれません。

こう考えると、外部にある思想は、内なる人間性を開発するための触媒になるわけです。

若い頃に求めた「人間とは常々人間になりつつある存在である」の色紙は、もう充分にぼくを楽しませてくれました……、ので、そっと手放すほうの箱に入れることにしました。

月曜担当…池田光



2017年6月25日(日)
「直心」                         日曜担当…八木正典

宝積、まさに知るべし。直心はこれ菩薩の浄土なり。菩薩成仏の時、諂(へつら)わざる衆生、その国に来生す。

松下幸之助の言葉に次のものがあります。
「素直な心とは、何物にもとらわれることなく物事の真実を見る心。
だから素直な心になれば、物事の実相に従って、何が正しいか、何をなすべきかということを、正しく把握できるようになる。
つまり、素直な心は人を強く正しく聡明にしてくれるのである。」

心の在り方についていろいろと書籍を読みながら学んでおりますが、気が付くといつの間にか見方が偏ってくるのを感じます。
長期的、多面的、根本的に物事を捉えるべきだと思いながら、なかなかそうはいかず一つの見方に執着してしまうのです。
そんな時には決まって素直に見るという原則に戻って、物事の捉え方を変化させようとしています。
複雑に見える事象をシンプルに、より平易に考えるという姿勢に立ち戻り、心が生みだしているものを丁寧にひも解ける様に日々工夫をつづけていきたいと思うのです。

日曜担当…八木正典



2017年6月25日(日)
祖先                           土曜担当…佐々木秀彦

僕の本籍は長崎県の五島列島にあります。さらに過去の戸籍まで遡ってみても、明治維新で現在の戸籍ができた当時から現在の僕の本籍地に祖先は在住していたことが確認できます。

長崎には壱岐古墳群という国の史跡があります。長崎県内に古墳の数は500以上、その約半分は壱岐・対馬・五島などの離島にあります。埋葬されているのは壱岐氏関連か、ヤマト朝廷が新羅交渉に重用した人物等の諸説がありますが、特定されていません。僕は大阪在住ですので、大阪の古墳の常識から見て、地方豪族の首領レベルなら古墳埋葬もあるでしょうが、250という数があることは、かなりロマンを感じます。研究したら面白い領域ではないかと思います。
さらに先史の遺跡も数多くみつかっており、古墳時代以降の遣隋使、遣唐使の航路として五島があったことは万葉集でも登場しています。
五島列島という名前なのではありますが、実は大中小合わせると数えきれないぐらいの多くの島がリアス式海岸に複雑に入り組んでいるという天然の要塞軍港のような地形です。
倭寇の基地であったという説もありますのも、五島の島を訪れれば納得できる海岸線を目の当たりにできます。

六方拝を僕も毎朝水垢離の時にしておりますが、東が祖先という認識です。実は五島は大阪の西方向にあるのですが、そこはまあ拘らないということで、まず祖先があります。祖先の数は凄い数になるということは皆様もご存知かとは思いますが、誰でも親が2人、祖父祖母で4人、曽祖父曾祖母が8人、その先代が16人、その先代が32人、ここまで5代だけで合計62人の直系祖先。20代前まで遡ると100万人以上の直系祖先がいるという現実は凄いことだと思います。5代でアバウトですが明治初期、20代先というと室町時代中期あたりの祖先という感じでしょうか。脈々と続いている人間の命の連鎖は感謝でしか表現できないことだと思います。仮に20代100万人の直系祖先誰一人欠けても、今の自分はこの世に存在しない訳ですから…

20代先の室町中期辺りの五島列島は宇久氏によって五島統一がなされたという時期だそうですが、その後も様々に所属に関しては紆余曲折があって、平成になっても一部が佐世保市に編入したという変化を起こしております。この変幻万化の時代の移り変わりの中での祖先の胎動が僕の遺伝子に組み込まれている訳です。

そしてこれは誰もが同様で、それぞれの20代100万人以上の祖先の遺伝子がそれぞれの身体に備わっているからこそ、今こうして出会ったり、話をしたり、恋愛したりできるというのが凄く面白いと感じる今日この頃です。

土曜担当…佐々木秀彦



2017年6月22日(木)
ビジネスパートナー                  木曜担当…西端努斗夢

 アメリカメディアのFOXスポーツが、「イチローが怒り任せにバットを叩きつけない理由を説明」という見出しで、イチロー選手が道具を大切に扱うことを記事にしていたそうです。

 まるで生命が宿っているかのごとく道具を大切に扱うことについて、日本人ならわからないこともありませんが、欧米人から見れば不思議なことなのかもしれません。

 私は、生き物に限らず、物質はすべて意識と意志を持っていると思っています。

 こうしてブログを書いているパソコンも、仕事でお世話になっている機材も、私にとっては大切なビジネスパートナーです。

木曜担当…西端努斗夢



2017年6月21日(水)
夏至にて                        水曜担当…冨樫功

6月21日は夏至。

一番日が長い日です。
これから折り返して日が短くなっていきます。


空梅雨っぽかったのですが、
ようやくたくさん雨が降りました。


まさに恵みの雨なのかもしれません。


ところで、
日の長さ、短さのピークと、
暑さ、寒さのピークには二か月ほどのタイムラグがあるようですね。


この理由がすぐにイメージできない当たり、
理系が苦手なせいなのか、
天文学に疎いせいなのか。


朝4時過ぎには明るくなって、
20時頃まで明るいこの季節と、
7 時くらいまで暗くて、
17時には暗くなる12月では活動できる時間も変わってきます。


その中で、
おそらく人間だけが、
一年を通じて毎日同じ時間だけ働いたり、
勉強しているのだと思います。


人間の自然な、ありのままの生活。
本来の生活ってどんなものなんでしょうか。

水曜担当…冨樫功



2017年6月20日(火)
病や不運を「生き方を変えろ」という警報と考える  火曜担当…柿原まゆみ

病がでたり、不運が来たら
あっ、これが人間と生まれながら人間らしく生きていない第一警報だなと思え
 病だけでなく、運が悪い時にも、同様の問いかけをします。
すると、必ず、何らかの答えにたどりつくはずです。
生き方を変える機会にする
              中村天風打たれ強く生きる100の言葉より


病気をしたお陰でさまざまなことに感謝できるようになりました。

お水を飲めること
ごはんをおいしくいただける事
好きな場所に行ける事
美味しくお酒を頂けること
仕事ができること
睡眠がとれること

病気をする前は「当り前」だったことが病気をすると当り前が当り前でなくなる。
だから回復してきたらありがたいと感じます。

「病気で人生観が変わる」とよく言われましたがその通りです。

以前はお付き合いだから「行きたくないなぁ~」と思いながら
お誘いには、ほぼお断りをしないで参加をしていました。
しかし今は、「行きたい」と思わなかったらお断りをしています。

食事も一層気をつけるようになりましたし、頑張りすぎて無理をすることもこうあるべきだと考えるのもやめて楽になりました。
病気をしたおかげでスリムになりおしゃれを楽しむことができています。
「似合ってる~」と言われると嬉しい気持ちになります。


病気前より「嬉しい」「楽しい」「ありがたい」「幸せ」と思うことが増えました。
そして自分を大切にすることが増え、神様が教えてくれた警報に感謝しています。

火曜担当…柿原まゆみ



2017年6月19日(月)
無題                           月曜担当…池田光

明日、6月20日は、19時から梅田で講演をさせていただきます。
テーマは、「人生の節目で「中村天風」が教えてくれたこと」。
以下のような内容を話す予定です。

■1(講演内容)
37年も天風道を歩んでいると、①青年期、②中年期、③現在の老年期というライフステージに応じて、心に響いてくる天風先生の教えは違ってきます。

【第1の節目】青年期に響いた「目標達成法」
20~30代のときに、天風先生の教えでいちばん心に響いたのは、目標達成法でした。
青年期の課題は、社会における自分のポジションをつくることでしょう。
そのためには、なりたい自分を描き、これに向って努力することですが、ぼくは天風先生の方法を用いて、当時の目標をクリアすることができました。

【第2の節目】壮年期に響いた「問題解決法」
38歳で独立し、経営コンサルタントになったぼくは、順調な滑り出しをしました。
が、一年半後に阪神淡路大震災に遭い、神戸市で起業していたぼくは地元のクライアント企業とともに被災し、仕事の半分が無くなりました。
なんとかしなければと焦っていたときに、天風先生の言葉がよみがえってきました。
「失望や落胆をしている気持ちのほうを顧みようとはしないで、失望、落胆をさせられた出来事や事情を解決しようといるほうを先にするから、いつでも物になりゃしない」(中村天風『心に成功の炎を』)
この言葉が教える「まず、心の問題を解決する」という問題解決法で、ぼくは被災の危機を脱することができました。

【第3の節目】老年期で響いた「死生観」
還暦を迎えたとき、ぼくの課題は、納得できる死生観を持ちたいということでした。
人は、大海にも喩えられる「大生命」から分派(誕生)した一滴の水です。この水が大海に還元(帰霊)するまでの一生を、できるかぎり強く、長く、広く、深く生きようというのが天風先生の教えです。
そのためには、「生きる力」(六つの力の発揮)が大切です。
人は過度に怒ったり、恐れたり、悲しんで感情に振り回され、心が閉ざれることがあります。そうなると、生きる力は萎縮してしまいます。
そうではなく、明るく、溌剌颯爽とした日々を送っていると、人は天と通じて、天からまるで太陽の光がさすようにエネルギーが注がれるものです。

■2
以上のような話をする予定です。
明日の講演会を企画してくださったのは、湧くわく本心塾の平松悦子さんです。
平松さんには、3月にも、なにわロータリークラブでの講演会を企画していただき、感謝しています。
その際も、同じテーマで話しました。
というか、このテーマはいろんな年齢層に対応しやすいので、スポットの講演会のテーマは、ほぼこれ一本で行っています。

ふり返ると、ぼくが30代後半のときに、中村天風の大ブームがやってきたのでした。
このブームに乗って、ぼくは二冊の文庫本を出版するや、各所から講演依頼がありました。
若かったぼくは走り回りました。そして、ぼく自身がブームの火付け役の一人になっていました。

あれから20数年。
ブームの頃に解説書を書かれた方の多くは、かなりの老齢か鬼籍に入られ、今も天風先生のことを出版しつづけているのは、ぼくだけになりました。
これからは、静かに、ゆっくりと、天風哲学の総まとめをする予定でいます。

月曜担当…池田光



2017年6月18日(日)
「フロー」                        日曜担当…八木正典

ある方から「フロー」に関する話を聞き、興味を持って少し学んでおります。

「フロー」とは、自分自身の「心理的エネルギー」が完全に今取り組んでいる対象へと注がれ、他の事はどうでもよくなるほど、また時間を忘れて、ひたすらそのことに没頭し素晴らしい高揚感に包まれている状態のことをいいます。
目標が明確で、迅速なフィードバックがあり、そしてスキルとチャレンジのバランス取れたギリギリのところで行動している時に自分の意識が変わり始める。そして、その意識で行うことをなんでも楽しんでいる間にその人は絶えず成長し続けるのです。

没頭と集中をもって自分の人生と向き合う。
今の自分の目標と照らせ合わせながら、新たな取組みとして「フロー」の考え方を取り入れていきたいと思うのです。

日曜担当…八木正典



2017年6月17日(土)
余裕                           土曜担当…佐々木秀彦

初めて大坂城の天守閣へ昇りました。
山口県から知人が来阪し、行きたいと言うので案内しました、毎日見てる大坂城ではあるのですが、機会がなくて昇ったことがなかったのです。京都人の京都タワー、東京人の東京タワーと同様に大阪人も大坂城には、なかなか行く機会が無いのが面白いところです。

天守閣から眺めると、あらためて大坂城は敷地が広いなと感じました。徳川時代は現状より更に広く府庁、NHK、難波の宮、キューズモール辺りまでは間違いなく大坂城だったわけです、現実はそれ以上の敷地だったはずです。現代は自治体が所有する土地が実質目に見えて活用されていないと、無駄だ無駄だと世間からバッシングされますが、豊臣、徳川の時代、自動車も戦車も戦闘機もない時代にこんな敷地を確保している大坂城というのはあらゆる意味で難攻不落なお城だったと感じます。

車のブレーキにはアイドリングがあります。野球のバッテングでも力を抜いてタイミングを取りインパクトの瞬間から力を入れます。男女交際でも最初から全力で想いをぶつけると、ほとんどの場合相手は引きます。つまり外濠というか、沿岸というか、余裕というのはすべてにおいて必要だと思います。

天守閣から街を眺めている間、優しい南風が僕たちを包んでくれました。この南風は豊臣時代も、徳川時代も同じ風が吹いていたのだろうなと感じました。この南風に乗れば京都へ行きつくはずです。そんなことを秀吉もきっと思っただろうなどと考えながら、ゆったりした気持ちをもっともっと大切にしていこうと決意しました。

土曜担当…佐々木秀彦



2017年6月15日(木)
わかっちゃいない                   木曜担当…西端努斗夢

人は何かを失ってはじめてそのありがたさに気づくと言われていますが、その通りだと思います。

元気な時は、駅や公共施設などもバリアフリーがずいぶん進んだものだと思っていました。しかし、まだまだバリアフリー化が十分でないところが多いことは自分が痛い目に遭わないとなかなかわからないものです。

わかったつもりでいるのは、自分だけ。バリアフリー化に限らず、天から見ればわかっちゃいないことがいっぱいあります。

木曜担当…西端努斗夢



2017年6月13日(火)
くよくよしたらプラスの自己暗示をかける。    火曜担当…柿原まゆみ

笑うから楽しくなる。嘘でもいいから笑って下さい。
人は自分にプラスの暗示をかけることで前向きで楽しい生き方を選ぶことができます。
くよくよしてきたらいつでも笑ってみましょう。
きっと楽しくなり、くよくよした気分を笑いが吹き飛ばしてくれるはずです。

       中村天風  打たれ強く生きる100の言葉より


人間だから落ち込むことはあります。辛いこと、悲しいことが無い人はいません。
「嘘でもいいから笑う」は
脳内に分泌されるホルモンが影響あると言われています。
笑うとエンドルフィンというホルモンが分泌されて
「幸せな気持ち」になれます。また笑うことでドーパミンも分泌されます。


ドーパミンは、やる気やプラス思考を高めてくれるホルモンです。
だから嘘でもいいから笑うとプラス思考になるのです。

「嘘笑い」が難しい時は本当に笑うことができることをしています。
ウルフルズさんの『笑えれば』はまさに天風先生のお言葉そのままです。

以下「笑えば」

とにかく笑えれば 最後に笑えれば
情けない帰り道 ハハハと笑えれば※

子供の頃から同じ 同じ夢ばかりを見て
だけど今になって 大人になって 立ち止まったりして
すべてがうまく行くはず そう信じているのに
なぜかあせって グラついて ジタバタするけど

とにかく笑えれば それでも笑えれば
今日一日の終わりに ハハハと笑えれば・・・

元気になる音楽を聴いたり、お笑いの方々の動画などを見て
笑う。また楽しい話をされる明るい方に逢うなどが、効果があるように思います。

火曜担当…柿原まゆみ



2017年6月12日(月)
無題                           月曜担当…池田光

池田亀鑑著『古典学入門』(岩波文庫)を読みましたが、とても勉強になりました。

私たちは、なぜ古典を読むのでしょうか。
また、古典から何を学ぼうとしているのでしょうか。
この本には、こうあります。
「古典から学びとろうとするものは、古典のもっている新しい生命であろう。」と。

はるか昔に書かれた古典には、現在も学ぶことができる「新しい生命」が宿っているというのです。
では、その新しい生命とは、何でしょうか。
「『近代』であろう。」
そう、書かれています。

書かれたのは大昔なのに、古典には「近代」が宿っている……、どういうことでしょうか。
どんな作品も時代の産物です。と同時に、時代を突き抜けた部分があります。
古典もやはりその時代において生まれました。ですが、その時代の表層に埋没しなかったのが、古典です。

どの時代であっても「近代」が読み取れるとは、普遍性があるということかもしれません。さまざまな時代環境のなかで読まれても、古典がもつ普遍性は「近代」として、いつもその時代の要請に答えて続けているのでしょう。

月曜担当…池田光



2017年6月10日(土)
音読                   土曜担当…佐々木秀彦

心力歌を音読するとすごく読み易いことに驚きます。
暗誦するために作られた文章なので至極当然と言えばそうなのですが、黙読した時の難しい印象とのあまりの違いに肩の力も抜けてしまします。

嫁の実家の法事に来ていただく住職は、お経の本を作ってその本を見ながら参列者も一緒にお経を唱えるという法事をされます。少し大きめの活字で印字されていて、文字の横に強弱と長さがわかるように符号をふってある住職オリジナルの本です。お経を一緒に唱えることで何かキチンと法事に参加した清々しさが残ります。

先日の冨樫講師の六然講座で祝詞の大祓詞をみんなで一緒に読んだ時も、みんなで一緒に声を出すからこそ感じる空気がありました。

4才のチビスケは絵本や紙芝居が大好きなので、僕もよく読まされます。それを聞いたチビスケはお人形を相手にその絵本や紙芝居を読んで聞かせます。けっこう僕の読んだ調子や間がそのままなので面白いなと感じます。同じ本を2回目読む時に前回と違う調子で読むと、「違うし!」とダメを出されることもあります。

小学校の頃、「歌詞」という文字をみて、なぜ「歌詩」じゃないのだろうと思った記憶があります。今解決しました。「うたことば」だから「歌詞」なんですね。詩に曲をつけて歌うのではなく、最初から唄うために創られた言葉であるなら「歌詞」となって当然です。

イメージですが日本の戦前の教育は教育勅語も論語も声に出して暗誦出来るところから、さらに声に出して身に着けていくという手法が基本だったのではないかなと思います。
今でも小学校の一年生ではあいうえおも九九も声に出して身に着けるということでかろうじて残っていますが、それ以降の授業は聴くことが中心となっているため、受験が終わると忘れてしまうのかと感じたりします。共通一次世代の次の新人類と呼ばれた僕の世代が社会に出たときに、諸先輩方から散々「今時の子は…」とご指摘をうけましたが、僕らの頃の諸先輩は戦前戦後の学校教育を受けた方々だったので、聴講中心の学校教育を受けた僕らにかなりもどかしさを感じたのだろうと、今頃になって気づいたりします。

日本語は言霊なのです。声に出して読むということを大切に心がけていきたいと思います。

土曜担当…佐々木秀彦