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 湧くわく本心塾とは

湧くわく本心塾は、互師互弟で、志を高め合おうとする集まりです。
儒教や天風哲学などの教えをベースに、さまざまな先哲の叡智に共通する真理を学び、また実生活で実践することで、塾生一人ひとりが自らの人間力を向上させていきます。
そして、各自がそれぞれの持ち場で「一隅を照らす人」となっていただき、
また「一隅を照らす人づくり」を行うことを目的としています。


 トピックス

■湧くわく本心塾第6期休講と六然講座のご案内
■照隅ライブラリー第4弾『ブッダの言葉 ~最古の原始仏典「アッタカヴァッガ」を読む~』 発売
■湧くわく通信第3号発刊
■湧くわく本心塾in多治見 開催
■佐々木奘堂先生の「お話と坐禅会」開催
■若宮幾馬 著 「『詩経』と中国古典」発売!
 
■湧くわく通信 第1号発刊  テーマ「中村天風」
 
■照隅ライブラリー第2弾『論語 人間を磨く言葉』発売!
■湧くわく本心塾@名古屋開催
■『天風哲学の基本と実践 わが師中村天風に学んだ心身統一法』発売
■CD『中村天風から教わったお鈴・ブザーを使う瞑想法』発売


 わくわくブログ

【担当】 月曜…池田光、火曜…柿原まゆみ、水曜…冨樫功、木曜…西端努斗夢、土曜…佐々木秀彦、日曜…八木正典



2017年4月1日~2017年6月8日

2016年4月1日~2017年3月31日

2015年4月1日~2016年3月31日

2014年4月1日~2015年3月31日

2012年7月2日~2014年3月31日

    

2017年7月20日(木)
高校野球                        木曜担当…西端努斗夢

去年から高校野球地方大会の模様を伝える仕事に十数年ぶりに復帰しています。
以前、このブログに書きましたが、過度に高校野球や高校球児を美化するマスコミのやり方に私はは違和感どころか嫌悪感を覚えます。
しかし、野球には、他の競技にない面白さがありますし、高校野球には、プロ野球、社会人野球にはない、素晴らしさもあり、それを伝えるのが私の仕事かなと思っています。
本日は、ほとんどの公立高校で終業式が行われるため大会はお休みです。私も一休みして英気を養い、明日からに備えます。

木曜担当…西端努斗夢



2017年7月19日(水)
読書のタイミング                   水曜担当…冨樫功

本を読むことが好きですが、
本を手に入れること自体も好きです。


新しい本を手にすることが、
脳内で快に設定されているようです。


買うのは10分もいりませんが、
本を読むのには1時間以上はかかります。


すると、自然、読めていない積読(つんどく)の本が増えていきます。


一度積読になった本は、
なぜか買った時ほどの輝きを持っていません。


もちろん、時間をおいたことで、
ベストのタイミングで読めたと感じられることもありますが、
それはまれで、
大体旬を逃したような感じになってしまいます。


旬を逃した本は、
手に取ることも苦痛になっていたりします。

いや、手に取ることを忘れることが一番多いですね。



結局、一番いい方法は、
やはり手にしたタイミングで読み始めること。


面白かったらどれだけ時間がなくても読み進めるでしょうし、
読み始めて続きが気にならないなら、
もう読まなくてもいい本だと思えます。


買っても、
借りても、
もらっても、
その日のうちに軽くでも目を通してしまうこと。


はじめにだけでもいいし、
目次を読むだけでもいい。



これが、本のタイミングを逃さない最高の方法な気がします。



これで、死に本が減らせればいいなあと思います。

水曜担当…冨樫功



2017年7月17日(月)
無題                           月曜担当…池田光

■既存の現代語訳
柳宗元(773~819)に、「始めて西山(せいざん)を得て宴游(えんゆう)する記」という名篇があります。これは、有名な「永州八記」の最初をかざる文章としてよく知られているので、柳宗元の文章を集めた本にはかならず採用されるものです。

さて、この文章の終りの方に、
「心凝(こ)り、形釋(と)けて、萬化と冥合(めいごう)す」
原文「心凝形釋與萬化冥合」
という一文があります。

ぼくはこの一文の「心凝」「冥合」の語に反応し、これは「瞑想による心の深化プロセスを描いたもの」だと思いました。



さて、上記の「心の深化プロセス」の観点からぼくがどう現代語訳したか、については後で触れることにして、まず既存の現代語訳を掲げます。
調べた限りでは、ほぼすべての訳書が同様の現代語訳をしています。以下、既存訳をご覧ください。

①「心は凝り定まって動かず、身体は釈(と)けて何のこだわりもなくなり、現象の万化と深く一つになってしまった。」(星川清孝『新釈漢文大系』唐宋八大家読本二より)

②「精神が一つにかたまり肉体はなくなってしまって、いつのまにか万物の変化と一致している。」(横山伊勢雄『中国の古典』唐宋八家文上より)

③「精神だけが一つにかたまり、肉体はなくなってしまったごとく、万物の変化とおのずと一致してきた。」(清水茂『中国古典選』唐宋八家文上より)

④「心がひとつにこりかたまり、からだの方はばらばらになって、万化、流転してやまぬ万物の変化のなかに、冥合、いつのまにかとけこんでしまっていたのである。」(筧文生『中国詩文選』韓愈 柳宗元より)

⑤「心は凝結し身は解体して、万物の変化の中に溶けこんでいった。」(興膳宏『中国名文選』より)

⑥「まるで身も心もとろけて、万物の運行代謝に同化してしまったようだ。」(下定雅弘『柳宗元』より)

六つの現代語訳を掲げましたが、どの訳にも特徴的なのは、①~⑤のすべての訳が中国文の学者らしく同じ発想で訳されているということです。
それは、中国文は対句になっていることが多く、「心凝(こ)る」と「形釋(と)ける」を対句として訳しているということです。
つまり、対句として見ると、「心」に対して「形」は肉体や身体、と解釈することになります。
同様に「凝る(かたまる)」と「釋ける(なくなる)」も対比概念となります。
上記の五つの現代語訳はすべて、ここを踏まえて訳されています。
(⑥は意味をなんとか通そうとして意訳しているように見えます)

ところが、ぼくは、「心(精神)はかたまる」「肉体(身体)はとける」という対句で解釈すると、意味が通らないように感じるのです。試しに、「心がかたまって、肉体がとけて、万物の変化と一体となる」という状態を、どなたか説明できるでしょうか。

■池田訳
上記の既存訳では、「心」と「形」、さらに「凝る」と「釋ける」を対語として解釈していましたが、ぼくは、「心凝る」と「形釋ける」を対句とは見ません。

そうではなく、①「心が凝る」→②「形が釋ける」→③「萬化と冥合する」という順で精神状態が深まっていく過程、つまり精神が深化していく時間的経過を描写しているのだと読み解きます。

①「心が凝る」……そもそも、自ら精神を集中させようとすることを「心を凝らす」と言います。「心が凝る」とは、精神が集中すること。言い換えれば、瞑想状態に入ることと解釈します。(サマーディ=三昧を「息慮凝心」と訳す例があります。)

②「形が釋ける」……「心」「形」を対語とはみなさないので、「形」を肉体や身体と解釈する必要はありません。「形」とは、すべての形あるもの(肉体もそのまわりの自然も含めて)と解釈するのが自然だと思います。

③「萬化と冥合する」……「萬化と冥合する」の主語は何でしょうか。「私」ないしは「心(精神)」を主語だと考えます。

すると、次のような現代語訳ができます。

【池田訳】「精神はおのずと集中していって瞑想状態となり、そんな精神の深まりのなかであらゆる形あるものが溶けだし、私(精神)は万物の変化と冥合する。」

つまり、西山に登って宴游した柳宗元は、仲間とともに酒を楽しみ、そうした状況のなかで、おのずと瞑想状態になります。そして精神が深化するにつれて、肉体も自然もあらゆる形あるものが溶けだしていくという認識変化が起こり、やがて柳宗元は変転きわまりない万物の移ろいと一体となったのです。これはある意味で、天風先生の言う「神人冥合」とも近い状態です。
このように、「瞑想による心の深化プロセスを描いたもの」という解釈をすると、これは一種の覚醒体験だと言えるのではないでしょうか。ちなみに、宴游の「游ぶ(遊ぶ)」とは、心を解放するというような意味合いが含まれています。

■荘子的な覚醒体験
柳宗元は儒家でありながら、老荘思想や仏教にも親しんだ人です。「心凝」「萬化」「冥合」は老荘思想を想起させるように感じるのですが、どうなのでしょう。

永州に左遷させられた柳宗元は、元和四年にこの地で西山を発見します。それがこの「始めて西山を得て宴游する記」です。

では、柳宗元における「西山の発見」とは何だったのでしょうか。西山という自然の発見にとどまらず、「心が凝る」→「形が釋ける」→「萬化と冥合する」という精神的深化の覚醒体験をも含まれているのではないでしょうか。
この覚醒体験とは、「万物の変化」と一体になるという『荘子』的な覚醒体験だと思えます。覚醒的な体験だとすると、柳宗元のその後の人生に影響があると思うのですが、実際はどうなのでしょうか。

繰り返しますが、柳宗元における「西山の発見」とは、西山という山の奇異なる自然と、荘子的な覚醒体験とが一体となったものの獲得だったように思えます。そのような問題意識をもって、柳宗元の「永州八記」を始めとする詩文を読んでいきたいと思います。
(現在、「永州八記」の二番目の作品を読んでいるところで、本文はまったくの仮説です。)

月曜担当…池田光



2017年7月16日(日)
「実践する」                       日曜担当…八木正典

人須らく事上に在りて磨錬して功夫を做すべく、乃ち益有り。もしただ静を好むのみならば、事に遭えば便ち乱れ、終に長進無く、かの静時の功夫もまた差ふ。収斂に似て実は放溺なり。

先週、仕事であまりにも怒り心頭に達する出来事があり、その場で全く怒りが抑えられなかったばかりか翌日もそのことを引きずり続け、全く成果が上がらないという状況でした。
後から考えると対応の仕方はいくらでもあったのに、心を落ち着けて状況を判断すればいろいろと手の打ちようもあったのにその時は怒りに捉われて全く駄目でした。
学び続けているのにいざというときに使えず、学びを実践することの難しさを感じました。
また1からやり直しで、一つずつ意を誠にし行動を積み上げていくいかないと考えております。

日曜担当…八木正典



2017年7月15日(土)
絵本                            土曜担当…佐々木秀彦

僕は図書館カードを2枚持っています。大阪には24区それぞれに1館づつある大阪市立の図書館と中之島と東大阪にある大阪府立図書館があり、府と市と登録もカードも別になっています。こういうところにも府と市の2重行政が現れてはいるのですが、まあそういうものだということで制度に従って2枚の図書館カードを持っている訳です。

中之島図書館は僕のお気に入りの図書館で、建物の雰囲気が気に入っています。ここの図書館に入るだけで、何か気持ちが切り替わるのをいつも感じます。気分転換だけで中之島図書館に行くようになったのですが、今は常に3~4冊の本を借りています。返却期限のたびに中之島図書館に行くのが、返却の義務にかこつけた些細な楽しみになっています。

そして大阪市立中央区島之内図書館へは、チビスケの絵本を借りに行っています。きっかけは紙芝居です。地域に密着している意識の証明なのか、子供向けの本が充実していて、紙芝居もかなりの蔵書があります。どこかのイベントで偶然やっていた紙芝居をかなり真剣に物語に入り込んでいたチビスケを見て、島之内図書館に紙芝居がたくさんあったことを思い出して借りにいくようになったことがきっかけでした。今は紙芝居より少し内容のある絵本が良いかという時期になってきたようなので、絵本に移行したばかりという状況です。そして気が付けば、この子供用の紙芝居や絵本を探す時間も、実は僕にとってとても希少な気分転換の時間になっています。2週間の返却期限で毎回7~8冊を借りるのですが、絵本にもいろいろ個性があります。押しつけがましい感じやら、主人公が悪者ををだまし討ちにして笑顔になるお話しやら、悲劇なだけのお話しやら、油断すると後味が悪くなる絵本がけっこうあるのです。もちろんそれ以上に素敵な絵本も沢山あるのでその選別に夢中になっていると言っても過言ではないくらい楽しんでいます。

今借りている絵本の一つは、動物園から突然『てんてん』と『まる』がどっかへ行ってしまって、『どうぶつえん』が『とうふつえん』になり、『コリラ・ソウ・ラクタ・ハンタ・カハ…』漫才コンビのような飼育員が吉本新喜劇的になんとか『てんてん・まる』を探し出して解決したら、お客が来なくなって困った園長が、『とうふつえん』の園長としての責任感で『とうふ』を作り始めたのが、無事『どうぶつえん』に戻った後も『とうふ』は動物園の名物になったというオチがついたお話しですが、僕はこの絵本のような壮大なスケールでの冒険活劇が大好きです。

いままで絵本と紙芝居を両方借りてきていたのですが、紙芝居を徐々に減らし、今回初めて絵本だけにしたのですが、紙芝居も1つだけ入れて欲しいとチビスケから要望がありました。僕はここぞとばかりに紙芝居は全力で演じるので、その紙芝居がなくなって実は少し寂しい僕の気持ちを、僕以上に知っていたのはチビスケだったのかもしれません。チビスケは紙芝居が楽しいのではなく、紙芝居を演じている僕をみるのが楽しかったということでしょう。絵本ももっと気合い入れて演じなくては…

土曜担当…佐々木秀彦



2017年7月13日(木)
フリースタイルが一番楽               木曜担当…西端努斗夢

この夏は、去年に続いて、かつて勤務していた会社で仕事をさせていただいています。
当時若かった私も年齢を重ね、久しぶりに古巣をたずねると、かつて一緒に仕事をしていた同僚や後輩たちがそれなりのポストに昇進していてなぜか嬉しくなります。

仏教では、「随喜功徳(ずいきくどく)」という「共に喜ぶことが功徳になる」といった教えがあるそうですが、そんなことに関係なく私にとって同僚や後輩の出世は、理屈抜きで嬉しいです。

「私も会社を辞めていなければ今頃は……」と思うこともありますが、やっぱり私は、どう考えても今のフリースタイルが一番楽で、会社勤めには向いていなかったと思います。

木曜担当…西端努斗夢



2017年7月10日(月)
無題                          月曜担当…池田光

レコードはあるが、プレーヤーがなくて、ここ何十年も聞けなかったアルバムがある。
ぼくが二十歳前後によく聞いた、中山ラビ。
ラビのレコードは、あの頃の思い出と結びついている。



東京生まれのラビは、関西でライブ活動を開始した。
ぼくが学生時代に入り浸っていた神戸元町のジャズ喫茶ソウルインでも、マスターが語るには、「あの舞台でよく歌ってたよ」と。
ソウルインは、五階建てのハイツの二階にあった薄暗い喫茶店で、丸太のような長いテーブルが二本。
奥に、ラビが歌ったという三畳ほどの小さな舞台があった。

ぼくは授業をさぼると、毎日のように、ソウルインで珈琲カップを片手に本を読んでいた。すると、仲間たちが一人、また一人と集まってくる。
(一杯の珈琲を二、三時間かけて飲むことをここで覚えた)

午後一番には、女子高を早退して高二のM子がやってくる。彼女は生徒会長だったが、不良っぽくて、メンソール入りの細いのをふかした。169センチの身体を小さくして、ぼくらの傍にいるのが日課になった。
詩を書いていて、どこかの文芸誌に採用されたという作品を清書して、ぼくにくれたことがあった。ペン習字のような字だった。
たまに、靴箱に入っていたという同級生や下級生からのラブレターをカバンから取り出して封を切っていた。「女子高ってこんななのよ」と見せてくれた。
あるとき、神戸港に上陸したばかりの船乗りの黒人がやってきた。M子は何やら話していたが、夜の八時頃に二人は連れ立って店を出て行った。
「マスター、どうしよう……」
と、ぼくは助けを求めた。マスターは冷静で、
「M子は自分から付いて行ったんだろ?」
「そうです」
「なら、問題はないよね」
と。ぼくは心配しつつも、うろたえたことを恥じた。
マスターは<意思の自由>とか<自己責任>という言葉を使わなかったけれど、ぼくはこの出来事からそんなことを考えるようになった。
彼女は高三になると本格的に受験勉強を始めた。(その甲斐あって、翌年にはちゃんとした女子大生になっていた)

もう一人の常連は、高校時代からの友人で、京大の哲学科しか行かないと宣言して浪人していたB君。彼は、有名予備校を特待生の待遇=授業料無料で通っていた秀才だった。
が、道を踏み外して、ソウルインに入り浸るようになった。それでも受験勉強が気になっていたらしく、英語の勉強だと言っては洋書を取り寄せて哲学を読んでいた。
(B君は五十代の半ばで亡くなり、ぼくの書斎には彼の遺品と小さな肖像画を祭っている)

ほかにも仲間が集まりだすと、ぼくは二杯目の珈琲を飲む。そして夜まで話すのだ。いつも哲学っぽいテーマで話していた……。
夕方になると、マスターが気をきかせて雑炊みたいなものを作ってくれた。これは無料。
一日に一度は、中山ラビの曲をリクエストした。

こうして、ぼくらのグループが一本のテーブルを占領していた。
もう一本のテーブルでは、白っぽいラフな服を着て、虚ろな目でふわふわと存在感がない感じで漂っている数人の細身の男女がいた。腰まで髪を伸ばしていた。ヒッピースタイルというのかもしれない。床には、彼らが齧ったクスリが散らばっている。ラリっているのだ。

やがて、こんな日常に終止符を打つときがやってきた。
マスターが芥子か何かを栽培していたらしく、お上に捕らえられて休業となったのだ。一度再開したと思うが、まもなく廃業した。
考えてみれば、朝から晩までぼくらがテーブルを占領していて、飲み物を二、三杯しかたのまず、しかも無料で食べさせてくれるのだから、喫茶店経営でやっていけるはずがなかった。

こんなささやかなエピソードを書いたのは、数日前に、CD版の『ラビ 女です』(これが一番気に入っている)を聞いたから。……四十年以上も前に聞いていた曲が、今のぼくにどう聞こえるのかと思い、『ラビひらひら』とともに買い求めた。



あの頃の記憶と結びついていている曲ばかりだった。その後のぼくにどんな影響を及ぼしているのか……。
あの頃は、世間的な意味で、堕落していた。が、あの頃の体験は、ぼくにとっては親やイエから解放されるプロセスだった。
ぼくにとってラビの歌は、二十歳前後のぼくが自立していく過程で、深く結びついたものだった……。

月曜担当…池田光



2017年7月9日(日)
「当下」                         日曜担当…八木正典

人あえて当下に休せば、すなわち当下に了せん。
もし個の歇(や)むところを尋ぬるを要せば、婚嫁(こんか)完しといえども、事また少なからず。僧道好しといえども、心また了せず。
前人云う、「如今、休し去らばすなわち休し去れ。もし了時を覓(もと)むれば、了時なからん」。これを見ること卓なり。 (菜根譚後15)


今この瞬間に悪しき習慣をやめようと思えば意志の力でやめることが出来る。今この瞬間に善きことを行おうとすれば意志の力で始めることが出来る。最近、心の力について尊敬する多くの方からアドバイスを頂き学ばせていただいておりますが、思いの力、心の力は素晴らしいものです。頭が勝手の色付けした、制限したものを取り払い、この一瞬、一瞬を大事に、今この瞬間を生きていたいと思うのです。

日曜担当…八木正典



2017年7月8日(土)
昼夢                           土曜担当…佐々木秀彦

「計画的に」という言葉はよく聞きます。今、僕の住んでいるマンションは大規模修繕工事の真最中なのですが、この修繕工事が進行しているのを肌で感じる状況で、この「計画的に」という言葉を再考してみたくなりました。
通常分譲マンションは、建築されてすぐ長期修繕計画を策定し、その計画に沿って改修工事を進めていくことになります。初期段階の長期修繕計画では通常35年ぐらいの計画を策定している場合が多いかと思います。
不動産業に携わる僕は、不動産購入時に、この35年の計画は遥か未来までの計画と認識される方が多いことを感じております。しかし、35年程度の計画は実は目先最低限の修繕計画であるのが本当のところなのです。

植物の種を蒔く時、まず土を整備します。相応しい季節に種を蒔き、適正な水分を補給し雑草や害虫に対処しながら、育てます。すると然るべき時になると花や実がなる。実に計画的な作業を遂行することとなります。建物も同様で、鉄やコンクリートの経年劣化は予め予測できることから計画的に修繕することが効率的なわけです。

仕事においても新規開拓をすることを「種を蒔く」と表現する営業マンは多くいます。営業は人間関係を形成することも重要なので、おそらくこんな表現となるのだとは思いますが、実は営業マンではなくても人間関係形成においてはやはり植物を育てるのと同様な時間や気配りは最低限必要な作業なのではないでしょうか。そしてそれはさらに自分の心を育てるのにも同様な作業が必要だと僕は考えます。

伝習録の死生の道という中に、「昼夜を知れば即ち死生を知らん」と先生が言ったので弟子が「昼夜の道」を問うと「昼を知れば即ち夜も知ることができる」との返答に対し「昼は当然知っている」と弟子が言ったところ、「一呼吸の間にも心を養い、一まばたきする間にも心を存するに努めて、この心が常に光明となり、天理一息の間断ない状態にあってこそ、やっと昼を知ったといえるものである」と先生は言い、弟子はまだまだぼんやりとして昼夢を見ているような生き様だから、死生を問うてみても理解できるわけないと話したというような要旨の項がありますが、この昼夢ではない状態にするには、計画と実行なのかなと感じるわけです。

小さな計画…今日の昼はパンにしよう、今夜は少しゆっくりお風呂につかろう、3時になったらコーヒーを飲もう、等々小さな小さな計画とその実行が、昼夢ではないことなのかなと思う訳です。これが5年後10年後35年後と広がれば「死」まで到達する。「死」が計画に入ったなら「生」が明確になってくるとここだけ書くと急にぼやけて見えたりもするのですが、小さな小さな計画の中にが住居の長期修繕計画や8年10年収穫まで年月を要する植物を植えたりして、長期的な小さな小さな計画に取り入れれば、昼夢解消に大きな助けになるのではないかと、修繕工事を眺めながら感じたりします。

土曜担当…佐々木秀彦



2017年7月6日(木)
“あげる”と“もらう”                  木曜担当…西端努斗夢

「お手伝いをしてあげる」と「お手伝いをさせてもらう」など、「○○して“あげる”」と「○○させて“もらう”」という言い方があります。
どちらも同じことをするのですが、○○して“あげる”と、エネルギーを与えてだんだん元気がなくなっていくそうです。
反対に、○○させて“もらう”と、どんどんエネルギーをもらって元気になっていくと誰かが言っていました。
“あげる”と“もらう”、単なる言葉遊びだと考えられなくもありませんが、恐るべし言葉の力! 侮ることはできません。

木曜担当…西端努斗夢



2017年7月3日(月)
無題                           月曜担当…池田光

■1
藤井聡太四段の連勝がストップしました。都議選では小池さんの大勝となりました。昨日は歴史が動いた一日でした。

すっかり忘れていたのですが、「そういえば、息子も将棋少年だった時期があったね……」と家内と話しているうちに、すこし思い出したことがあります。

・幼稚園の頃の息子に将棋のルールを教えたのは、ぼくです。が、10局ほどの勝負で息子に勝てなくなりました。ぼくの代わりに息子は、将棋が強かった祖父と毎晩のように差すようになり、祖父(ぼくの父。アマチュア4段)は喜んでいたと思います。

・中学一年のとき、息子が商品券を持って帰りました。わけを聞くと、学校帰りに加古川の将棋倶楽部に何度か通っていたらしく、そこで優勝して商品券を副賞としてもらったのです。しかし学校帰りに寄ることは校則にも反していることから辞めることになりました。

・高校一年のとき、学校から送られてきた学園誌に息子の名前があり、記事を読むと高校生の兵庫県将棋大会で2位になり、表彰されたとありました。学園誌で初めて息子が学校の将棋クラブに入っていたことを知りました。
3位までが関西大会に出場できるのですが、息子は遠いところに出かけるのがイヤで辞退したと言っていました。4位が息子の友だち(将棋クラブの仲間)で、繰り上げで関西大会に出場できた、と喜んでいたそうです。
ちなみに、1位と3位は灘高の生徒で、息子が通っていた高校と灘校が上位を占めていたようです。どうも息子にとっては、将棋は遊びの一つに過ぎなかったようです。だから、このレベル(将棋の強い田舎のおっちゃんレベル)で終わったのでしょう。

■2
ぼくのオヤジは、将棋だけでなく、囲碁もアマチュア4段で、いろいろ勝負事が強かった人です。
(写真はオヤジが愛用していた脚付将棋盤です。戦後まもなく、物資が少ない頃、友人の職人が作ってくれたものだそうです。盤の目の線の引き方は、真剣の刃に漆を塗って一気に一本線を引くのだと聞きましたが、オヤジはその作業を見ていてハッと息をのんだと話していました。)



そのオヤジに、ぼくは小学生低学年だった頃、花札でコテンパンにやっつけられました。正月の三が日を徹夜のように勝負して負け続け、ぼくはこの日を境に、一切のバクチのような勝負事をしないと心に誓いました。
以来、パチンコも、麻雀も、競馬も、競輪も、宝くじもまったくしたことがありません。
(注:宝くじは、サラリーマン時代、職場のみんなで運だめしで買いましょうということになり、お付き合いで一回だけ買いました。)

その代りにぼくがやったことは、「自分が勝てるルールを作って一番になる」ことでした。

既存の土俵のなかで一番になるのは、ナンバーワン戦略です。
これに対して、自分が有利になる土俵そのものを自ら作って、そのなかで一番になるのはオンリーワン戦略です。
企業でも、ニッチなマーケット=土俵を自分で設定し、そのマーケットで一番になる戦略は、オンリーワン戦略だと言えます。

サラリーマン時代に、ぼくの上司だった副社長から、「池田はずるいな。自分で土俵を作って、そこでいつも一番になっている」と言われたことがあります。裏から見れば、これは褒め言葉でもあり、そんなやり方を買われて経営企画室に異動になったこともありました。

■3
オンリーワン戦略は、弱者の戦略だと思います。
ことわざに、「鶏口となるも牛後となるなかれ」というのがあります。
これは、大きな集団の中でビリでいるよりも、小さな集団であってもトップとなって生きようということです。

集団を「土俵」に置き換えると、大きな土俵の中でビリに甘んじるのではなく、小さくても自ら土俵を作ってトップとなることであり、これがオンリーワン戦略です。

しかし、昨日は歴史が動きました。
都議選では、ビリがトップになりました。既存の土俵の中では、トップが圧倒的に有利なのですが、そこを覆しました。弱者がナンバーワンになったのです。
藤井聡太四段の連勝は止まったものの、連勝記録のトップとなりました。

トップとなったのには、理由があると思います。
都議選にしても、藤井聡太四段にしても、いくつかの要因が思い浮かびますが、それはそれとして、弱者が確実に勝てるのがオンリーワン戦略です。
オンリーワン戦略では歴史は変わらないかもしれません。が、ぼくはオヤジからコテンパンにやっつけられてバクチをしないと誓ってから、確実な一手を差す生き方に楽しみを見出しています。

■蛇足
ぼくはカラオケを57歳から始めました。
それまでは大のカラオケ嫌いで、逃げ回ってばかりいたのですが、57歳が転機となりました。

ところで、カラオケには、点数を出したり、みんなで競い合ったりする機能があるようですが、ぼくはこれが大嫌いなのです。
たぶん勝負事を避ける上記のトラウマがあるためでしょう。

カラオケでは、ぼくは歌を楽しみたいのです。歌の気持ちを感じたいのです。
上手に歌うことよりも、気持ちよく歌い、音程を大きく外すことなんか恐れず、歌の気持ちを感じたいのです。

音痴でいい、自分のルールで楽しみたいという、そんな気持ちでいます。これも、ぼくにとってのオンリーワンのあり方です。
いろんなところに、自分が出るなあと思っています。

月曜担当…池田光



2017年7月2日(日)
「六然講座」                      日曜担当…八木正典

7月の第二回六然講座に参加してきました。
佐々木先生、富樫先生、池田塾長の「発信」をテーマにした講義で、多くの新たな気づきを得ることが出来ました。
佐々木先生からは、明治時代の有名な著者である新渡戸稲造、福沢諭吉、中村正直の紹介により「発信」に対する背景、取組を説明いただき、湧くわく本心塾塾則により発信する方向性の重要性を解説してもらいました。
最後に佐々木先生の出版に対する熱い思いともにミニブックをいただきました。佐々木先生の人柄が溢れる文章を楽しく、面白く読ませてもらいました。
冨樫先生からは、自身のブログ配信の経験を踏まえての「発信」の考え方を教えていただきました。15年間もブログ(当初はブログという名前すらなかった)を続けられているだけあって
深い経験に裏付けられた内容で見事な講義でした。「いい話は3日以内に5人にしゃべる」はすぐに取入れていきたいと思います。
池田塾長からはご自身で数多くの出版を通じて考えていること教えていただきました。
『受ける側が自身で内面に在るものに気づくための「鍵」を渡す』という考え方には非常に感動するものがありました。
お三方からの講義を通じて、自分が普段発信していることに関して何が不足しているのか振り返ることが出来ました。自分では気づけない思考を教えていただき本当にありがたいことです。これから自分が一体何を誰にどの方向性で発信するのかを改めて意識しながら活動していきたいと感じております。

日曜担当…八木正典



2017年7月1日(土)
藹然                           土曜担当…佐々木秀彦

六然訓の2つ目が『人處藹然』
安岡正篤師の解説では「人に處すること藹然。藹然は草木のよく延びるさま。それよりして人に対してなごやかにのびのび感じさせること。」とあります。
素直ややわらかという印象を相手に感じさせるように、人に対しては接していくべしという感じなのでしょうか。素直でいる、やわらかでいる、という自分基準・自分完結ならなんとか達成も目指せるでしょうが、自分完結ではなく、相手に感じさせる次元まで引上げてこそ初めて価値があるというのもなるほど、当然と言えば当然です。

今日が第2回六然講座の開催日で、テーマが「発信」です。個人が何かを誰かへ発信するという時も、この『藹然』は大きなポイントになります。発信する時、一番気をつけなくてはならないことは、相手にどう伝わるかです。「好きです!」と言って、相手がどう受け取るのか…?ロマンチックなムードになってから呟けば恋愛の意味と受け取るでしょう。お店で勧められた商品を買ったとき店員から言われれば、ありがとうございますの意味と受け取るでしょう。初対面でいきなり言われたら個性的な人と受け取るでしょう。そう同じ言葉でも受け取られ方は星の数ほどあるものです。

素直と感じさせることに偏重すると、経験が浅いという印象を与える可能性も大きくなります。やわらかに偏重すると日和見的と感じる人も出てくるでしょう。そんなふうに考えると『なごやかにのびのび』という言葉は、偏重し難い、噛めば噛むほど良い表現だなと感じます。

藹然を辞書で引くと①雲・霞?(かすみ)?などがたなびいたり、もやが立ちこめるさま。「―たる暁霞?(ぎょうか)?」②気分などが穏やかでやわらいださま。と出てきます。辞書の意味は解り難いですが、「和気藹々(わきあいあい)」という言葉や、草木がこんもりと茂った様を「藹藹(あいあい)」という使い方を並べたらなんとなく意味は見えてきます。辞書的にはきっとそんな感じなのでしょう。

湧くわく本心塾の塾則第3条の実践項目に『善い言葉を語る』という項目があります。これを実践するためにも『人處藹然』は強く意識したいものだと感じました。

土曜担当…佐々木秀彦



2017年6月29日(木)
感受と求感                       木曜担当…西端努斗夢

何かを見聞きして感じる受動的な力と何かを求めて感じる能動的な力を比べたら、能動的な感じる力の方が強いです。
学問もそうだと思います。ただ、受け身で学ぶのと何かを求めて学ぶのでは、得るものに大きな差が生まれます。
子供の頃から学問は苦手で好きだとは言えない私ですが、これからも真理や真実は求め続けていきたいです。

木曜担当…西端努斗夢



2017年6月26日(月)
無題                           月曜担当…池田光

谷川徹三(1895~1989)という哲学者がいますが、若い頃の写真を見ると大変整ったお顔立ちをされています。
いまは、谷川徹三といっても知らない方が多いかもしれませんが、詩人の谷川俊太郎のお父さんです。

谷川徹三は通人でもあり、彼が絵付けした茶碗などを始め、幾点かを持っているなかの一つが、長いあいだ事務所の壁に掛けていた色紙(写真)です。



「人間とは常々人間になりつつある存在である」(谷川徹三)
と書かれています。
この色紙の一番目の「人間」と、二番目の「人間」とは、同じ文字ですが意味は違っています。

一番目の「人間」とは、いわば「生物として、この社会に生まれた人間」でしょう。
二番目の「人間」とは、「社会で認められた人間存在」、さらには「人間としてのあるべき姿=理想像」でしょう。

■思想を選択する
人間としてのあるべき姿は、思想によって変わってくると思います。
仏教なら、仏性を顕現した人。
儒教なら、聖人。
天風哲学なら、絶対積極の人。
といったように……。このように、あるべき人間像とは相対的なものです。

さしずめ、ぼくの場合は天風哲学における理想的人間になろうとしているわけです。
どんな思想を選ぶにしろ、その思想が描く理想像に向かって人は学びを深めていくことが大切だと思います。
つまり、
① いかなる思想を選ぶか……これを自らの責任において決定し、
② 選んだ思想のなかで自らを磨いていく
ということだと思うのです。

【注1】どんな思想に出会うかは、たぶんに偶然によるでしょうが、これを必然にするのが「自らの責任において決定する」という作業です。

【注2】「普遍的・絶対的な理想像としての人間」というものがあるのでしょうか。そんなのは幻想だと考えたほうがいい。最初からここを期待したら、何者にもなれないような気がします。

■内なる本来性の顕現
別の角度から、二番目の「人間」を考えてみましょう。

たとえば楡(にれ)の木に喩えると、一粒の楡の種が立派な楡に育つことが、「樹とは常々樹になりつつある存在である」ということでしょう。
ここには、思想などの介在する余地はありません。
自らの内に、本来性が具わっており、これを現実化させるだけです。

人間も同様に、本来持って生まれた「人間性」を現実化させることが、「人間は常々人間になりつつある存在である」ということかもしれません。

こう考えると、外部にある思想は、内なる人間性を開発するための触媒になるわけです。

若い頃に求めた「人間とは常々人間になりつつある存在である」の色紙は、もう充分にぼくを楽しませてくれました……、ので、そっと手放すほうの箱に入れることにしました。

月曜担当…池田光



2017年6月25日(日)
「直心」                         日曜担当…八木正典

宝積、まさに知るべし。直心はこれ菩薩の浄土なり。菩薩成仏の時、諂(へつら)わざる衆生、その国に来生す。

松下幸之助の言葉に次のものがあります。
「素直な心とは、何物にもとらわれることなく物事の真実を見る心。
だから素直な心になれば、物事の実相に従って、何が正しいか、何をなすべきかということを、正しく把握できるようになる。
つまり、素直な心は人を強く正しく聡明にしてくれるのである。」

心の在り方についていろいろと書籍を読みながら学んでおりますが、気が付くといつの間にか見方が偏ってくるのを感じます。
長期的、多面的、根本的に物事を捉えるべきだと思いながら、なかなかそうはいかず一つの見方に執着してしまうのです。
そんな時には決まって素直に見るという原則に戻って、物事の捉え方を変化させようとしています。
複雑に見える事象をシンプルに、より平易に考えるという姿勢に立ち戻り、心が生みだしているものを丁寧にひも解ける様に日々工夫をつづけていきたいと思うのです。

日曜担当…八木正典



2017年6月25日(日)
祖先                           土曜担当…佐々木秀彦

僕の本籍は長崎県の五島列島にあります。さらに過去の戸籍まで遡ってみても、明治維新で現在の戸籍ができた当時から現在の僕の本籍地に祖先は在住していたことが確認できます。

長崎には壱岐古墳群という国の史跡があります。長崎県内に古墳の数は500以上、その約半分は壱岐・対馬・五島などの離島にあります。埋葬されているのは壱岐氏関連か、ヤマト朝廷が新羅交渉に重用した人物等の諸説がありますが、特定されていません。僕は大阪在住ですので、大阪の古墳の常識から見て、地方豪族の首領レベルなら古墳埋葬もあるでしょうが、250という数があることは、かなりロマンを感じます。研究したら面白い領域ではないかと思います。
さらに先史の遺跡も数多くみつかっており、古墳時代以降の遣隋使、遣唐使の航路として五島があったことは万葉集でも登場しています。
五島列島という名前なのではありますが、実は大中小合わせると数えきれないぐらいの多くの島がリアス式海岸に複雑に入り組んでいるという天然の要塞軍港のような地形です。
倭寇の基地であったという説もありますのも、五島の島を訪れれば納得できる海岸線を目の当たりにできます。

六方拝を僕も毎朝水垢離の時にしておりますが、東が祖先という認識です。実は五島は大阪の西方向にあるのですが、そこはまあ拘らないということで、まず祖先があります。祖先の数は凄い数になるということは皆様もご存知かとは思いますが、誰でも親が2人、祖父祖母で4人、曽祖父曾祖母が8人、その先代が16人、その先代が32人、ここまで5代だけで合計62人の直系祖先。20代前まで遡ると100万人以上の直系祖先がいるという現実は凄いことだと思います。5代でアバウトですが明治初期、20代先というと室町時代中期あたりの祖先という感じでしょうか。脈々と続いている人間の命の連鎖は感謝でしか表現できないことだと思います。仮に20代100万人の直系祖先誰一人欠けても、今の自分はこの世に存在しない訳ですから…

20代先の室町中期辺りの五島列島は宇久氏によって五島統一がなされたという時期だそうですが、その後も様々に所属に関しては紆余曲折があって、平成になっても一部が佐世保市に編入したという変化を起こしております。この変幻万化の時代の移り変わりの中での祖先の胎動が僕の遺伝子に組み込まれている訳です。

そしてこれは誰もが同様で、それぞれの20代100万人以上の祖先の遺伝子がそれぞれの身体に備わっているからこそ、今こうして出会ったり、話をしたり、恋愛したりできるというのが凄く面白いと感じる今日この頃です。

土曜担当…佐々木秀彦



2017年6月22日(木)
ビジネスパートナー                  木曜担当…西端努斗夢

 アメリカメディアのFOXスポーツが、「イチローが怒り任せにバットを叩きつけない理由を説明」という見出しで、イチロー選手が道具を大切に扱うことを記事にしていたそうです。

 まるで生命が宿っているかのごとく道具を大切に扱うことについて、日本人ならわからないこともありませんが、欧米人から見れば不思議なことなのかもしれません。

 私は、生き物に限らず、物質はすべて意識と意志を持っていると思っています。

 こうしてブログを書いているパソコンも、仕事でお世話になっている機材も、私にとっては大切なビジネスパートナーです。

木曜担当…西端努斗夢



2017年6月21日(水)
夏至にて                        水曜担当…冨樫功

6月21日は夏至。

一番日が長い日です。
これから折り返して日が短くなっていきます。


空梅雨っぽかったのですが、
ようやくたくさん雨が降りました。


まさに恵みの雨なのかもしれません。


ところで、
日の長さ、短さのピークと、
暑さ、寒さのピークには二か月ほどのタイムラグがあるようですね。


この理由がすぐにイメージできない当たり、
理系が苦手なせいなのか、
天文学に疎いせいなのか。


朝4時過ぎには明るくなって、
20時頃まで明るいこの季節と、
7 時くらいまで暗くて、
17時には暗くなる12月では活動できる時間も変わってきます。


その中で、
おそらく人間だけが、
一年を通じて毎日同じ時間だけ働いたり、
勉強しているのだと思います。


人間の自然な、ありのままの生活。
本来の生活ってどんなものなんでしょうか。

水曜担当…冨樫功



2017年6月20日(火)
病や不運を「生き方を変えろ」という警報と考える  火曜担当…柿原まゆみ

病がでたり、不運が来たら
あっ、これが人間と生まれながら人間らしく生きていない第一警報だなと思え
 病だけでなく、運が悪い時にも、同様の問いかけをします。
すると、必ず、何らかの答えにたどりつくはずです。
生き方を変える機会にする
              中村天風打たれ強く生きる100の言葉より


病気をしたお陰でさまざまなことに感謝できるようになりました。

お水を飲めること
ごはんをおいしくいただける事
好きな場所に行ける事
美味しくお酒を頂けること
仕事ができること
睡眠がとれること

病気をする前は「当り前」だったことが病気をすると当り前が当り前でなくなる。
だから回復してきたらありがたいと感じます。

「病気で人生観が変わる」とよく言われましたがその通りです。

以前はお付き合いだから「行きたくないなぁ~」と思いながら
お誘いには、ほぼお断りをしないで参加をしていました。
しかし今は、「行きたい」と思わなかったらお断りをしています。

食事も一層気をつけるようになりましたし、頑張りすぎて無理をすることもこうあるべきだと考えるのもやめて楽になりました。
病気をしたおかげでスリムになりおしゃれを楽しむことができています。
「似合ってる~」と言われると嬉しい気持ちになります。


病気前より「嬉しい」「楽しい」「ありがたい」「幸せ」と思うことが増えました。
そして自分を大切にすることが増え、神様が教えてくれた警報に感謝しています。

火曜担当…柿原まゆみ



2017年6月19日(月)
無題                           月曜担当…池田光

明日、6月20日は、19時から梅田で講演をさせていただきます。
テーマは、「人生の節目で「中村天風」が教えてくれたこと」。
以下のような内容を話す予定です。

■1(講演内容)
37年も天風道を歩んでいると、①青年期、②中年期、③現在の老年期というライフステージに応じて、心に響いてくる天風先生の教えは違ってきます。

【第1の節目】青年期に響いた「目標達成法」
20~30代のときに、天風先生の教えでいちばん心に響いたのは、目標達成法でした。
青年期の課題は、社会における自分のポジションをつくることでしょう。
そのためには、なりたい自分を描き、これに向って努力することですが、ぼくは天風先生の方法を用いて、当時の目標をクリアすることができました。

【第2の節目】壮年期に響いた「問題解決法」
38歳で独立し、経営コンサルタントになったぼくは、順調な滑り出しをしました。
が、一年半後に阪神淡路大震災に遭い、神戸市で起業していたぼくは地元のクライアント企業とともに被災し、仕事の半分が無くなりました。
なんとかしなければと焦っていたときに、天風先生の言葉がよみがえってきました。
「失望や落胆をしている気持ちのほうを顧みようとはしないで、失望、落胆をさせられた出来事や事情を解決しようといるほうを先にするから、いつでも物になりゃしない」(中村天風『心に成功の炎を』)
この言葉が教える「まず、心の問題を解決する」という問題解決法で、ぼくは被災の危機を脱することができました。

【第3の節目】老年期で響いた「死生観」
還暦を迎えたとき、ぼくの課題は、納得できる死生観を持ちたいということでした。
人は、大海にも喩えられる「大生命」から分派(誕生)した一滴の水です。この水が大海に還元(帰霊)するまでの一生を、できるかぎり強く、長く、広く、深く生きようというのが天風先生の教えです。
そのためには、「生きる力」(六つの力の発揮)が大切です。
人は過度に怒ったり、恐れたり、悲しんで感情に振り回され、心が閉ざれることがあります。そうなると、生きる力は萎縮してしまいます。
そうではなく、明るく、溌剌颯爽とした日々を送っていると、人は天と通じて、天からまるで太陽の光がさすようにエネルギーが注がれるものです。

■2
以上のような話をする予定です。
明日の講演会を企画してくださったのは、湧くわく本心塾の平松悦子さんです。
平松さんには、3月にも、なにわロータリークラブでの講演会を企画していただき、感謝しています。
その際も、同じテーマで話しました。
というか、このテーマはいろんな年齢層に対応しやすいので、スポットの講演会のテーマは、ほぼこれ一本で行っています。

ふり返ると、ぼくが30代後半のときに、中村天風の大ブームがやってきたのでした。
このブームに乗って、ぼくは二冊の文庫本を出版するや、各所から講演依頼がありました。
若かったぼくは走り回りました。そして、ぼく自身がブームの火付け役の一人になっていました。

あれから20数年。
ブームの頃に解説書を書かれた方の多くは、かなりの老齢か鬼籍に入られ、今も天風先生のことを出版しつづけているのは、ぼくだけになりました。
これからは、静かに、ゆっくりと、天風哲学の総まとめをする予定でいます。

月曜担当…池田光



2017年6月18日(日)
「フロー」                        日曜担当…八木正典

ある方から「フロー」に関する話を聞き、興味を持って少し学んでおります。

「フロー」とは、自分自身の「心理的エネルギー」が完全に今取り組んでいる対象へと注がれ、他の事はどうでもよくなるほど、また時間を忘れて、ひたすらそのことに没頭し素晴らしい高揚感に包まれている状態のことをいいます。
目標が明確で、迅速なフィードバックがあり、そしてスキルとチャレンジのバランス取れたギリギリのところで行動している時に自分の意識が変わり始める。そして、その意識で行うことをなんでも楽しんでいる間にその人は絶えず成長し続けるのです。

没頭と集中をもって自分の人生と向き合う。
今の自分の目標と照らせ合わせながら、新たな取組みとして「フロー」の考え方を取り入れていきたいと思うのです。

日曜担当…八木正典



2017年6月17日(土)
余裕                           土曜担当…佐々木秀彦

初めて大坂城の天守閣へ昇りました。
山口県から知人が来阪し、行きたいと言うので案内しました、毎日見てる大坂城ではあるのですが、機会がなくて昇ったことがなかったのです。京都人の京都タワー、東京人の東京タワーと同様に大阪人も大坂城には、なかなか行く機会が無いのが面白いところです。

天守閣から眺めると、あらためて大坂城は敷地が広いなと感じました。徳川時代は現状より更に広く府庁、NHK、難波の宮、キューズモール辺りまでは間違いなく大坂城だったわけです、現実はそれ以上の敷地だったはずです。現代は自治体が所有する土地が実質目に見えて活用されていないと、無駄だ無駄だと世間からバッシングされますが、豊臣、徳川の時代、自動車も戦車も戦闘機もない時代にこんな敷地を確保している大坂城というのはあらゆる意味で難攻不落なお城だったと感じます。

車のブレーキにはアイドリングがあります。野球のバッテングでも力を抜いてタイミングを取りインパクトの瞬間から力を入れます。男女交際でも最初から全力で想いをぶつけると、ほとんどの場合相手は引きます。つまり外濠というか、沿岸というか、余裕というのはすべてにおいて必要だと思います。

天守閣から街を眺めている間、優しい南風が僕たちを包んでくれました。この南風は豊臣時代も、徳川時代も同じ風が吹いていたのだろうなと感じました。この南風に乗れば京都へ行きつくはずです。そんなことを秀吉もきっと思っただろうなどと考えながら、ゆったりした気持ちをもっともっと大切にしていこうと決意しました。

土曜担当…佐々木秀彦



2017年6月15日(木)
わかっちゃいない                   木曜担当…西端努斗夢

人は何かを失ってはじめてそのありがたさに気づくと言われていますが、その通りだと思います。

元気な時は、駅や公共施設などもバリアフリーがずいぶん進んだものだと思っていました。しかし、まだまだバリアフリー化が十分でないところが多いことは自分が痛い目に遭わないとなかなかわからないものです。

わかったつもりでいるのは、自分だけ。バリアフリー化に限らず、天から見ればわかっちゃいないことがいっぱいあります。

木曜担当…西端努斗夢



2017年6月13日(火)
くよくよしたらプラスの自己暗示をかける。    火曜担当…柿原まゆみ

笑うから楽しくなる。嘘でもいいから笑って下さい。
人は自分にプラスの暗示をかけることで前向きで楽しい生き方を選ぶことができます。
くよくよしてきたらいつでも笑ってみましょう。
きっと楽しくなり、くよくよした気分を笑いが吹き飛ばしてくれるはずです。

       中村天風  打たれ強く生きる100の言葉より


人間だから落ち込むことはあります。辛いこと、悲しいことが無い人はいません。
「嘘でもいいから笑う」は
脳内に分泌されるホルモンが影響あると言われています。
笑うとエンドルフィンというホルモンが分泌されて
「幸せな気持ち」になれます。また笑うことでドーパミンも分泌されます。


ドーパミンは、やる気やプラス思考を高めてくれるホルモンです。
だから嘘でもいいから笑うとプラス思考になるのです。

「嘘笑い」が難しい時は本当に笑うことができることをしています。
ウルフルズさんの『笑えれば』はまさに天風先生のお言葉そのままです。

以下「笑えば」

とにかく笑えれば 最後に笑えれば
情けない帰り道 ハハハと笑えれば※

子供の頃から同じ 同じ夢ばかりを見て
だけど今になって 大人になって 立ち止まったりして
すべてがうまく行くはず そう信じているのに
なぜかあせって グラついて ジタバタするけど

とにかく笑えれば それでも笑えれば
今日一日の終わりに ハハハと笑えれば・・・

元気になる音楽を聴いたり、お笑いの方々の動画などを見て
笑う。また楽しい話をされる明るい方に逢うなどが、効果があるように思います。

火曜担当…柿原まゆみ



2017年6月12日(月)
無題                           月曜担当…池田光

池田亀鑑著『古典学入門』(岩波文庫)を読みましたが、とても勉強になりました。

私たちは、なぜ古典を読むのでしょうか。
また、古典から何を学ぼうとしているのでしょうか。
この本には、こうあります。
「古典から学びとろうとするものは、古典のもっている新しい生命であろう。」と。

はるか昔に書かれた古典には、現在も学ぶことができる「新しい生命」が宿っているというのです。
では、その新しい生命とは、何でしょうか。
「『近代』であろう。」
そう、書かれています。

書かれたのは大昔なのに、古典には「近代」が宿っている……、どういうことでしょうか。
どんな作品も時代の産物です。と同時に、時代を突き抜けた部分があります。
古典もやはりその時代において生まれました。ですが、その時代の表層に埋没しなかったのが、古典です。

どの時代であっても「近代」が読み取れるとは、普遍性があるということかもしれません。さまざまな時代環境のなかで読まれても、古典がもつ普遍性は「近代」として、いつもその時代の要請に答えて続けているのでしょう。

月曜担当…池田光



2017年6月10日(土)
音読                   土曜担当…佐々木秀彦

心力歌を音読するとすごく読み易いことに驚きます。
暗誦するために作られた文章なので至極当然と言えばそうなのですが、黙読した時の難しい印象とのあまりの違いに肩の力も抜けてしまします。

嫁の実家の法事に来ていただく住職は、お経の本を作ってその本を見ながら参列者も一緒にお経を唱えるという法事をされます。少し大きめの活字で印字されていて、文字の横に強弱と長さがわかるように符号をふってある住職オリジナルの本です。お経を一緒に唱えることで何かキチンと法事に参加した清々しさが残ります。

先日の冨樫講師の六然講座で祝詞の大祓詞をみんなで一緒に読んだ時も、みんなで一緒に声を出すからこそ感じる空気がありました。

4才のチビスケは絵本や紙芝居が大好きなので、僕もよく読まされます。それを聞いたチビスケはお人形を相手にその絵本や紙芝居を読んで聞かせます。けっこう僕の読んだ調子や間がそのままなので面白いなと感じます。同じ本を2回目読む時に前回と違う調子で読むと、「違うし!」とダメを出されることもあります。

小学校の頃、「歌詞」という文字をみて、なぜ「歌詩」じゃないのだろうと思った記憶があります。今解決しました。「うたことば」だから「歌詞」なんですね。詩に曲をつけて歌うのではなく、最初から唄うために創られた言葉であるなら「歌詞」となって当然です。

イメージですが日本の戦前の教育は教育勅語も論語も声に出して暗誦出来るところから、さらに声に出して身に着けていくという手法が基本だったのではないかなと思います。
今でも小学校の一年生ではあいうえおも九九も声に出して身に着けるということでかろうじて残っていますが、それ以降の授業は聴くことが中心となっているため、受験が終わると忘れてしまうのかと感じたりします。共通一次世代の次の新人類と呼ばれた僕の世代が社会に出たときに、諸先輩方から散々「今時の子は…」とご指摘をうけましたが、僕らの頃の諸先輩は戦前戦後の学校教育を受けた方々だったので、聴講中心の学校教育を受けた僕らにかなりもどかしさを感じたのだろうと、今頃になって気づいたりします。

日本語は言霊なのです。声に出して読むということを大切に心がけていきたいと思います。

土曜担当…佐々木秀彦