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 湧くわく本心塾とは

湧くわく本心塾は、互師互弟で、志を高め合おうとする集まりです。
儒教や天風哲学などの教えをベースに、さまざまな先哲の叡智に共通する真理を学び、また実生活で実践することで、塾生一人ひとりが自らの人間力を向上させていきます。
そして、各自がそれぞれの持ち場で「一隅を照らす人」となっていただき、
また「一隅を照らす人づくり」を行うことを目的としています。


 トピックス

■湧くわく本心塾第6期休講と六然講座のご案内
■照隅ライブラリー第4弾『ブッダの言葉 ~最古の原始仏典「アッタカヴァッガ」を読む~』 発売
■湧くわく通信第3号発刊
■湧くわく本心塾in多治見 開催
■佐々木奘堂先生の「お話と坐禅会」開催
■若宮幾馬 著 「『詩経』と中国古典」発売!
 
■湧くわく通信 第1号発刊  テーマ「中村天風」
 
■照隅ライブラリー第2弾『論語 人間を磨く言葉』発売!
■湧くわく本心塾@名古屋開催
■『天風哲学の基本と実践 わが師中村天風に学んだ心身統一法』発売
■CD『中村天風から教わったお鈴・ブザーを使う瞑想法』発売


 わくわくブログ

【担当】 月曜…池田光、火曜…柿原まゆみ、水曜…冨樫功、木曜…西端努斗夢、土曜…佐々木秀彦、日曜…八木正典



2017年4月1日~2017年6月8日

2016年4月1日~2017年3月31日

2015年4月1日~2016年3月31日

2014年4月1日~2015年3月31日

2012年7月2日~2014年3月31日

    

2017年6月26日(月)
無題                           月曜担当…池田光

谷川徹三(1895~1989)という哲学者がいますが、若い頃の写真を見ると大変整ったお顔立ちをされています。
いまは、谷川徹三といっても知らない方が多いかもしれませんが、詩人の谷川俊太郎のお父さんです。

谷川徹三は通人でもあり、彼が絵付けした茶碗などを始め、幾点かを持っているなかの一つが、長いあいだ事務所の壁に掛けていた色紙(写真)です。



「人間とは常々人間になりつつある存在である」(谷川徹三)
と書かれています。
この色紙の一番目の「人間」と、二番目の「人間」とは、同じ文字ですが意味は違っています。

一番目の「人間」とは、いわば「生物として、この社会に生まれた人間」でしょう。
二番目の「人間」とは、「社会で認められた人間存在」、さらには「人間としてのあるべき姿=理想像」でしょう。

■思想を選択する
人間としてのあるべき姿は、思想によって変わってくると思います。
仏教なら、仏性を顕現した人。
儒教なら、聖人。
天風哲学なら、絶対積極の人。
といったように……。このように、あるべき人間像とは相対的なものです。

さしずめ、ぼくの場合は天風哲学における理想的人間になろうとしているわけです。
どんな思想を選ぶにしろ、その思想が描く理想像に向かって人は学びを深めていくことが大切だと思います。
つまり、
① いかなる思想を選ぶか……これを自らの責任において決定し、
② 選んだ思想のなかで自らを磨いていく
ということだと思うのです。

【注1】どんな思想に出会うかは、たぶんに偶然によるでしょうが、これを必然にするのが「自らの責任において決定する」という作業です。

【注2】「普遍的・絶対的な理想像としての人間」というものがあるのでしょうか。そんなのは幻想だと考えたほうがいい。最初からここを期待したら、何者にもなれないような気がします。

■内なる本来性の顕現
別の角度から、二番目の「人間」を考えてみましょう。

たとえば楡(にれ)の木に喩えると、一粒の楡の種が立派な楡に育つことが、「樹とは常々樹になりつつある存在である」ということでしょう。
ここには、思想などの介在する余地はありません。
自らの内に、本来性が具わっており、これを現実化させるだけです。

人間も同様に、本来持って生まれた「人間性」を現実化させることが、「人間は常々人間になりつつある存在である」ということかもしれません。

こう考えると、外部にある思想は、内なる人間性を開発するための触媒になるわけです。

若い頃に求めた「人間とは常々人間になりつつある存在である」の色紙は、もう充分にぼくを楽しませてくれました……、ので、そっと手放すほうの箱に入れることにしました。

月曜担当…池田光



2017年6月25日(日)
「直心」                         日曜担当…八木正典

宝積、まさに知るべし。直心はこれ菩薩の浄土なり。菩薩成仏の時、諂(へつら)わざる衆生、その国に来生す。

松下幸之助の言葉に次のものがあります。
「素直な心とは、何物にもとらわれることなく物事の真実を見る心。
だから素直な心になれば、物事の実相に従って、何が正しいか、何をなすべきかということを、正しく把握できるようになる。
つまり、素直な心は人を強く正しく聡明にしてくれるのである。」

心の在り方についていろいろと書籍を読みながら学んでおりますが、気が付くといつの間にか見方が偏ってくるのを感じます。
長期的、多面的、根本的に物事を捉えるべきだと思いながら、なかなかそうはいかず一つの見方に執着してしまうのです。
そんな時には決まって素直に見るという原則に戻って、物事の捉え方を変化させようとしています。
複雑に見える事象をシンプルに、より平易に考えるという姿勢に立ち戻り、心が生みだしているものを丁寧にひも解ける様に日々工夫をつづけていきたいと思うのです。

日曜担当…八木正典



2017年6月25日(日)
祖先                           土曜担当…佐々木秀彦

僕の本籍は長崎県の五島列島にあります。さらに過去の戸籍まで遡ってみても、明治維新で現在の戸籍ができた当時から現在の僕の本籍地に祖先は在住していたことが確認できます。

長崎には壱岐古墳群という国の史跡があります。長崎県内に古墳の数は500以上、その約半分は壱岐・対馬・五島などの離島にあります。埋葬されているのは壱岐氏関連か、ヤマト朝廷が新羅交渉に重用した人物等の諸説がありますが、特定されていません。僕は大阪在住ですので、大阪の古墳の常識から見て、地方豪族の首領レベルなら古墳埋葬もあるでしょうが、250という数があることは、かなりロマンを感じます。研究したら面白い領域ではないかと思います。
さらに先史の遺跡も数多くみつかっており、古墳時代以降の遣隋使、遣唐使の航路として五島があったことは万葉集でも登場しています。
五島列島という名前なのではありますが、実は大中小合わせると数えきれないぐらいの多くの島がリアス式海岸に複雑に入り組んでいるという天然の要塞軍港のような地形です。
倭寇の基地であったという説もありますのも、五島の島を訪れれば納得できる海岸線を目の当たりにできます。

六方拝を僕も毎朝水垢離の時にしておりますが、東が祖先という認識です。実は五島は大阪の西方向にあるのですが、そこはまあ拘らないということで、まず祖先があります。祖先の数は凄い数になるということは皆様もご存知かとは思いますが、誰でも親が2人、祖父祖母で4人、曽祖父曾祖母が8人、その先代が16人、その先代が32人、ここまで5代だけで合計62人の直系祖先。20代前まで遡ると100万人以上の直系祖先がいるという現実は凄いことだと思います。5代でアバウトですが明治初期、20代先というと室町時代中期あたりの祖先という感じでしょうか。脈々と続いている人間の命の連鎖は感謝でしか表現できないことだと思います。仮に20代100万人の直系祖先誰一人欠けても、今の自分はこの世に存在しない訳ですから…

20代先の室町中期辺りの五島列島は宇久氏によって五島統一がなされたという時期だそうですが、その後も様々に所属に関しては紆余曲折があって、平成になっても一部が佐世保市に編入したという変化を起こしております。この変幻万化の時代の移り変わりの中での祖先の胎動が僕の遺伝子に組み込まれている訳です。

そしてこれは誰もが同様で、それぞれの20代100万人以上の祖先の遺伝子がそれぞれの身体に備わっているからこそ、今こうして出会ったり、話をしたり、恋愛したりできるというのが凄く面白いと感じる今日この頃です。

土曜担当…佐々木秀彦



2017年6月22日(木)
ビジネスパートナー                  木曜担当…西端努斗夢

 アメリカメディアのFOXスポーツが、「イチローが怒り任せにバットを叩きつけない理由を説明」という見出しで、イチロー選手が道具を大切に扱うことを記事にしていたそうです。

 まるで生命が宿っているかのごとく道具を大切に扱うことについて、日本人ならわからないこともありませんが、欧米人から見れば不思議なことなのかもしれません。

 私は、生き物に限らず、物質はすべて意識と意志を持っていると思っています。

 こうしてブログを書いているパソコンも、仕事でお世話になっている機材も、私にとっては大切なビジネスパートナーです。

木曜担当…西端努斗夢



2017年6月21日(水)
夏至にて                        水曜担当…冨樫功

6月21日は夏至。

一番日が長い日です。
これから折り返して日が短くなっていきます。


空梅雨っぽかったのですが、
ようやくたくさん雨が降りました。


まさに恵みの雨なのかもしれません。


ところで、
日の長さ、短さのピークと、
暑さ、寒さのピークには二か月ほどのタイムラグがあるようですね。


この理由がすぐにイメージできない当たり、
理系が苦手なせいなのか、
天文学に疎いせいなのか。


朝4時過ぎには明るくなって、
20時頃まで明るいこの季節と、
7 時くらいまで暗くて、
17時には暗くなる12月では活動できる時間も変わってきます。


その中で、
おそらく人間だけが、
一年を通じて毎日同じ時間だけ働いたり、
勉強しているのだと思います。


人間の自然な、ありのままの生活。
本来の生活ってどんなものなんでしょうか。

水曜担当…冨樫功



2017年6月20日(火)
病や不運を「生き方を変えろ」という警報と考える  火曜担当…柿原まゆみ

病がでたり、不運が来たら
あっ、これが人間と生まれながら人間らしく生きていない第一警報だなと思え
 病だけでなく、運が悪い時にも、同様の問いかけをします。
すると、必ず、何らかの答えにたどりつくはずです。
生き方を変える機会にする
              中村天風打たれ強く生きる100の言葉より


病気をしたお陰でさまざまなことに感謝できるようになりました。

お水を飲めること
ごはんをおいしくいただける事
好きな場所に行ける事
美味しくお酒を頂けること
仕事ができること
睡眠がとれること

病気をする前は「当り前」だったことが病気をすると当り前が当り前でなくなる。
だから回復してきたらありがたいと感じます。

「病気で人生観が変わる」とよく言われましたがその通りです。

以前はお付き合いだから「行きたくないなぁ~」と思いながら
お誘いには、ほぼお断りをしないで参加をしていました。
しかし今は、「行きたい」と思わなかったらお断りをしています。

食事も一層気をつけるようになりましたし、頑張りすぎて無理をすることもこうあるべきだと考えるのもやめて楽になりました。
病気をしたおかげでスリムになりおしゃれを楽しむことができています。
「似合ってる~」と言われると嬉しい気持ちになります。


病気前より「嬉しい」「楽しい」「ありがたい」「幸せ」と思うことが増えました。
そして自分を大切にすることが増え、神様が教えてくれた警報に感謝しています。

火曜担当…柿原まゆみ



2017年6月19日(月)
無題                           月曜担当…池田光

明日、6月20日は、19時から梅田で講演をさせていただきます。
テーマは、「人生の節目で「中村天風」が教えてくれたこと」。
以下のような内容を話す予定です。

■1(講演内容)
37年も天風道を歩んでいると、①青年期、②中年期、③現在の老年期というライフステージに応じて、心に響いてくる天風先生の教えは違ってきます。

【第1の節目】青年期に響いた「目標達成法」
20~30代のときに、天風先生の教えでいちばん心に響いたのは、目標達成法でした。
青年期の課題は、社会における自分のポジションをつくることでしょう。
そのためには、なりたい自分を描き、これに向って努力することですが、ぼくは天風先生の方法を用いて、当時の目標をクリアすることができました。

【第2の節目】壮年期に響いた「問題解決法」
38歳で独立し、経営コンサルタントになったぼくは、順調な滑り出しをしました。
が、一年半後に阪神淡路大震災に遭い、神戸市で起業していたぼくは地元のクライアント企業とともに被災し、仕事の半分が無くなりました。
なんとかしなければと焦っていたときに、天風先生の言葉がよみがえってきました。
「失望や落胆をしている気持ちのほうを顧みようとはしないで、失望、落胆をさせられた出来事や事情を解決しようといるほうを先にするから、いつでも物になりゃしない」(中村天風『心に成功の炎を』)
この言葉が教える「まず、心の問題を解決する」という問題解決法で、ぼくは被災の危機を脱することができました。

【第3の節目】老年期で響いた「死生観」
還暦を迎えたとき、ぼくの課題は、納得できる死生観を持ちたいということでした。
人は、大海にも喩えられる「大生命」から分派(誕生)した一滴の水です。この水が大海に還元(帰霊)するまでの一生を、できるかぎり強く、長く、広く、深く生きようというのが天風先生の教えです。
そのためには、「生きる力」(六つの力の発揮)が大切です。
人は過度に怒ったり、恐れたり、悲しんで感情に振り回され、心が閉ざれることがあります。そうなると、生きる力は萎縮してしまいます。
そうではなく、明るく、溌剌颯爽とした日々を送っていると、人は天と通じて、天からまるで太陽の光がさすようにエネルギーが注がれるものです。

■2
以上のような話をする予定です。
明日の講演会を企画してくださったのは、湧くわく本心塾の平松悦子さんです。
平松さんには、3月にも、なにわロータリークラブでの講演会を企画していただき、感謝しています。
その際も、同じテーマで話しました。
というか、このテーマはいろんな年齢層に対応しやすいので、スポットの講演会のテーマは、ほぼこれ一本で行っています。

ふり返ると、ぼくが30代後半のときに、中村天風の大ブームがやってきたのでした。
このブームに乗って、ぼくは二冊の文庫本を出版するや、各所から講演依頼がありました。
若かったぼくは走り回りました。そして、ぼく自身がブームの火付け役の一人になっていました。

あれから20数年。
ブームの頃に解説書を書かれた方の多くは、かなりの老齢か鬼籍に入られ、今も天風先生のことを出版しつづけているのは、ぼくだけになりました。
これからは、静かに、ゆっくりと、天風哲学の総まとめをする予定でいます。

月曜担当…池田光



2017年6月18日(日)
「フロー」                        日曜担当…八木正典

ある方から「フロー」に関する話を聞き、興味を持って少し学んでおります。

「フロー」とは、自分自身の「心理的エネルギー」が完全に今取り組んでいる対象へと注がれ、他の事はどうでもよくなるほど、また時間を忘れて、ひたすらそのことに没頭し素晴らしい高揚感に包まれている状態のことをいいます。
目標が明確で、迅速なフィードバックがあり、そしてスキルとチャレンジのバランス取れたギリギリのところで行動している時に自分の意識が変わり始める。そして、その意識で行うことをなんでも楽しんでいる間にその人は絶えず成長し続けるのです。

没頭と集中をもって自分の人生と向き合う。
今の自分の目標と照らせ合わせながら、新たな取組みとして「フロー」の考え方を取り入れていきたいと思うのです。

日曜担当…八木正典



2017年6月17日(土)
余裕                           土曜担当…佐々木秀彦

初めて大坂城の天守閣へ昇りました。
山口県から知人が来阪し、行きたいと言うので案内しました、毎日見てる大坂城ではあるのですが、機会がなくて昇ったことがなかったのです。京都人の京都タワー、東京人の東京タワーと同様に大阪人も大坂城には、なかなか行く機会が無いのが面白いところです。

天守閣から眺めると、あらためて大坂城は敷地が広いなと感じました。徳川時代は現状より更に広く府庁、NHK、難波の宮、キューズモール辺りまでは間違いなく大坂城だったわけです、現実はそれ以上の敷地だったはずです。現代は自治体が所有する土地が実質目に見えて活用されていないと、無駄だ無駄だと世間からバッシングされますが、豊臣、徳川の時代、自動車も戦車も戦闘機もない時代にこんな敷地を確保している大坂城というのはあらゆる意味で難攻不落なお城だったと感じます。

車のブレーキにはアイドリングがあります。野球のバッテングでも力を抜いてタイミングを取りインパクトの瞬間から力を入れます。男女交際でも最初から全力で想いをぶつけると、ほとんどの場合相手は引きます。つまり外濠というか、沿岸というか、余裕というのはすべてにおいて必要だと思います。

天守閣から街を眺めている間、優しい南風が僕たちを包んでくれました。この南風は豊臣時代も、徳川時代も同じ風が吹いていたのだろうなと感じました。この南風に乗れば京都へ行きつくはずです。そんなことを秀吉もきっと思っただろうなどと考えながら、ゆったりした気持ちをもっともっと大切にしていこうと決意しました。

土曜担当…佐々木秀彦



2017年6月15日(木)
わかっちゃいない                   木曜担当…西端努斗夢

人は何かを失ってはじめてそのありがたさに気づくと言われていますが、その通りだと思います。

元気な時は、駅や公共施設などもバリアフリーがずいぶん進んだものだと思っていました。しかし、まだまだバリアフリー化が十分でないところが多いことは自分が痛い目に遭わないとなかなかわからないものです。

わかったつもりでいるのは、自分だけ。バリアフリー化に限らず、天から見ればわかっちゃいないことがいっぱいあります。

木曜担当…西端努斗夢



2017年6月13日(火)
くよくよしたらプラスの自己暗示をかける。    火曜担当…柿原まゆみ

笑うから楽しくなる。嘘でもいいから笑って下さい。
人は自分にプラスの暗示をかけることで前向きで楽しい生き方を選ぶことができます。
くよくよしてきたらいつでも笑ってみましょう。
きっと楽しくなり、くよくよした気分を笑いが吹き飛ばしてくれるはずです。

       中村天風  打たれ強く生きる100の言葉より


人間だから落ち込むことはあります。辛いこと、悲しいことが無い人はいません。
「嘘でもいいから笑う」は
脳内に分泌されるホルモンが影響あると言われています。
笑うとエンドルフィンというホルモンが分泌されて
「幸せな気持ち」になれます。また笑うことでドーパミンも分泌されます。


ドーパミンは、やる気やプラス思考を高めてくれるホルモンです。
だから嘘でもいいから笑うとプラス思考になるのです。

「嘘笑い」が難しい時は本当に笑うことができることをしています。
ウルフルズさんの『笑えれば』はまさに天風先生のお言葉そのままです。

以下「笑えば」

とにかく笑えれば 最後に笑えれば
情けない帰り道 ハハハと笑えれば※

子供の頃から同じ 同じ夢ばかりを見て
だけど今になって 大人になって 立ち止まったりして
すべてがうまく行くはず そう信じているのに
なぜかあせって グラついて ジタバタするけど

とにかく笑えれば それでも笑えれば
今日一日の終わりに ハハハと笑えれば・・・

元気になる音楽を聴いたり、お笑いの方々の動画などを見て
笑う。また楽しい話をされる明るい方に逢うなどが、効果があるように思います。

火曜担当…柿原まゆみ



2017年6月12日(月)
無題                           月曜担当…池田光

池田亀鑑著『古典学入門』(岩波文庫)を読みましたが、とても勉強になりました。

私たちは、なぜ古典を読むのでしょうか。
また、古典から何を学ぼうとしているのでしょうか。
この本には、こうあります。
「古典から学びとろうとするものは、古典のもっている新しい生命であろう。」と。

はるか昔に書かれた古典には、現在も学ぶことができる「新しい生命」が宿っているというのです。
では、その新しい生命とは、何でしょうか。
「『近代』であろう。」
そう、書かれています。

書かれたのは大昔なのに、古典には「近代」が宿っている……、どういうことでしょうか。
どんな作品も時代の産物です。と同時に、時代を突き抜けた部分があります。
古典もやはりその時代において生まれました。ですが、その時代の表層に埋没しなかったのが、古典です。

どの時代であっても「近代」が読み取れるとは、普遍性があるということかもしれません。さまざまな時代環境のなかで読まれても、古典がもつ普遍性は「近代」として、いつもその時代の要請に答えて続けているのでしょう。

月曜担当…池田光



2017年6月10日(土)
音読                   土曜担当…佐々木秀彦

心力歌を音読するとすごく読み易いことに驚きます。
暗誦するために作られた文章なので至極当然と言えばそうなのですが、黙読した時の難しい印象とのあまりの違いに肩の力も抜けてしまします。

嫁の実家の法事に来ていただく住職は、お経の本を作ってその本を見ながら参列者も一緒にお経を唱えるという法事をされます。少し大きめの活字で印字されていて、文字の横に強弱と長さがわかるように符号をふってある住職オリジナルの本です。お経を一緒に唱えることで何かキチンと法事に参加した清々しさが残ります。

先日の冨樫講師の六然講座で祝詞の大祓詞をみんなで一緒に読んだ時も、みんなで一緒に声を出すからこそ感じる空気がありました。

4才のチビスケは絵本や紙芝居が大好きなので、僕もよく読まされます。それを聞いたチビスケはお人形を相手にその絵本や紙芝居を読んで聞かせます。けっこう僕の読んだ調子や間がそのままなので面白いなと感じます。同じ本を2回目読む時に前回と違う調子で読むと、「違うし!」とダメを出されることもあります。

小学校の頃、「歌詞」という文字をみて、なぜ「歌詩」じゃないのだろうと思った記憶があります。今解決しました。「うたことば」だから「歌詞」なんですね。詩に曲をつけて歌うのではなく、最初から唄うために創られた言葉であるなら「歌詞」となって当然です。

イメージですが日本の戦前の教育は教育勅語も論語も声に出して暗誦出来るところから、さらに声に出して身に着けていくという手法が基本だったのではないかなと思います。
今でも小学校の一年生ではあいうえおも九九も声に出して身に着けるということでかろうじて残っていますが、それ以降の授業は聴くことが中心となっているため、受験が終わると忘れてしまうのかと感じたりします。共通一次世代の次の新人類と呼ばれた僕の世代が社会に出たときに、諸先輩方から散々「今時の子は…」とご指摘をうけましたが、僕らの頃の諸先輩は戦前戦後の学校教育を受けた方々だったので、聴講中心の学校教育を受けた僕らにかなりもどかしさを感じたのだろうと、今頃になって気づいたりします。

日本語は言霊なのです。声に出して読むということを大切に心がけていきたいと思います。

土曜担当…佐々木秀彦