本文へスキップ

湧くわく本心塾は互師互弟で、志を高め合おうとする集まりです。


トップページ

湧くわく本心塾は、互師互弟で、志を高め合おうとする集まりです。
儒教や天風哲学などの教えをベースに、さまざまな先哲の叡智に共通する真理を学び、また実生活で実践することで、塾生一人ひとりが自らの人間力を向上させていきます。
そして、各自がそれぞれの持ち場で「一隅を照らす人」となることを目的としています。

トピックス

  • 湧くわく通信第4号発刊
  • 照隅ライブラリー第4弾『ブッダの言葉〜最古の原始仏典「アッタカヴァッガ」を読む〜』 発刊
  • 照隅ライブラリー第3弾『禅の言葉〜随処に主と作(な)れ!』発刊
  • 照隅ライブラリー第2弾『論語 人間を磨く言葉』発刊
  • 照隅ライブラリー第1弾『天風哲学の基本と実践 わが師中村天風に学んだ心身統一法』発刊
  • CD『中村天風から教わったお鈴・ブザーを使う瞑想法』制作

わくわくブログ新着情報

【担当】月曜…池田光、火曜…柿原まゆみ、水曜…冨樫功、木曜…西端努斗夢、
    土曜…佐々木秀彦、日曜…八木正典


 5月21日(月)
無題   月曜担当…池田光



5年前に発売された、拙著『中村天風 打たれ強く生きる100の言葉』。
この本をもとに、言葉を増やして内容を一新し、決定版にしたいと思うのですが、ハテ、どのようにすればいいか?

そう考えていて、フト思いつき、一冊をバラバラにしました。
つまり、バラバラの「言葉カード」にして、ここに新たな50枚を足して、再構成しようと思ったのです。

やってみれば、なかなか楽しい作業であります。
遊び道具をつくるのと同じですから。
これから一か月ほどは、このカードをいろいろ繰りながら、ベストな構成を求めたいと思います。
同時に天風先生の本を読んで、新たな50の言葉を見つけたいと思います。

正直なところ、
「まあ、手を動かしているうちに、なんとかなるだろう」
と思っているわけです。
つまり、今回の執筆とは手仕事なわけです。

月曜担当…池田光


 5月20日(日)
「現在」   日曜担当…八木正典
換言すれば、曰く我の存在は常に現在以外にはないのである。従って、厳格に評論すると、過去も又未来も全然一の空劫に過ぎないもので、只あるものは終始現在のみであるといえる。(安定打坐考抄)

心は現在なるを要す。事未だ来らざるに、邀う可からず。事已に往けるに、追う可からず。纔かに追い、纔かに邀うとも、便ち是れ放心なり。(言志晩録)



仕事で決断を迫られることが起こりますが、あれこれ先の事を考え、取り越し苦労をして動けなくなる時は得てしていい結果につながっていないような気がします。思考が散漫になって判断の軸がぶれてしまうのです。
その時にできる最大限の情報収集と分析をした上で、最善の選択を行うため現在に集中することによって後悔と反省を減らしていきたいものです。

日曜担当…八木正典


 5月19日(土)
神氣   土曜担当…佐々木秀彦
奈良県吉野の吉水神社へ参拝してきました。今年の1月に宮司の佐藤秦心氏と名刺を交換する機会がありましたが、ただそれだけではありました。しかし昨日夕刻まで特段の予定が無かったので、さてどうするかと考えて、朝起きてふと思いついて行ってみたというのが経緯です。

『吉水神社は元吉水院として、今からおよそ千三百年前に役行者が創立した、格式の高い修験宗の僧坊でした。吉水院は大峯山への入山許可書を発行する場所でした、書院内の庭園北側奥に「北闕門」があり、古来より山伏達はここで無事平穏を祈り九字による邪気祓いを行ったと言われています』(案内書参照)

場所の持つオーラというものは、間違いなくあると強く感じました。源義経、弁慶、空海、最澄、一休和尚、小野篁、水戸光圀、豊臣秀吉、徳川家康、伊達政宗、後醍醐天皇、楠木正成、、、日本の歴史の教科書に載る偉人がこんなに見事に足跡を残している場所が他にあるのかと感じるほど凄いところです。『謦咳に触れる』という言葉がありますが、僕は一機に実に凄い先輩方の謦咳に触れてしまったものだと畏れ多い気持ちにすらなってしまいました。『邪気祓い』の聖地で『謦咳に触れる』というのは矛盾しているような、正しいような…???

佐藤宮司にはご自身の体験から、不動産屋は人間力だよという貴重なお言葉をいただきました。この人が言うなら信じようと相手が感じる人になれということです。『神氣』という言葉を書いて御朱印を押してお土産にいただきました。

時間が空いた時の過ごし方として、普段は仕事の雑務に充てることがほとんどです。僕の場合せいぜいがんばって図書館や、美術館、映画ぐらいです。今回は珍しく吉野まで遠出しましたが、遠出した分だけ、普段と違う意義深い時間になった気がします。

桜の季節の以外の吉野は静かな雰囲気で、新緑が映える今の時期は空の青と山の緑のコントラストがもしかしたら桜のピンク以上に美しいのではないかと感じさせてくれます。吉水神社と吉野山の大自然からの『神氣』を吸収して、また新しい朝に臨んでいきたいと思います。

土曜担当…佐々木秀彦


 5月17日(木)
神様にお願い   木曜担当…西端努斗夢
 神社に行くとお参りに来た人たちが願いを叶えてくれるよう、神様にお願いしています。
 私は、神様にお願いをするのもそれなりの覚悟と準備が必要だと思います。
 ろくに練習もせず、実力のない選手に勝利の女神が微笑むことはあり得ないように……

木曜担当…西端努斗夢


 5月14日(月)
無題   月曜担当…池田光
本日、印刷会社に本のデータを納品します。
6月初めには、新しい本ができる予定です。
ところで今回、ぼくは新しい試みをしました。

@今のぼくに書けるものを、まずざっと書きあげました。そして版下を作成して校正を終えると、いつでも印刷にかけられる状態にしました。

Aいつもなら、ここで印刷会社に納品して終了ですが、新しい試みというのは、ここから思索を積み上げたのです。

B完成した版下をもとに、一つずつ天風先生の著述や参考文献に当たりながら修正を加えました。
毎日、原稿のあちらをさわり、こちらをさわりしました。この作業を一か月半続けました。

Cその結果、次のようになりました。
・原稿をジグソーパズルに見立てると、一つずつピースを置き換えるようにして修正を加え、最初とはかなり違う原稿が仕上がりました。
・新しい何かを発見するたびに、限りある誌面のなかで表現するので、注釈が増えました。
・ぼくの到達点を示す一冊となりました。

Dこの一か月半は、発見の日々で、とても楽しかったです。今から思えば、ぼくがこれまで掴んでいた天風哲学は、まだ霧がかかって霞んでいました。

E今回の新しい試みができたのは、ぼくに書くことの余裕が生まれたからだと思います。
とりあえず、少し休憩することにします。

Fおまけ
新しい本の帯に、こんな問題を入れておきました。
みなさまのお答えは?



月曜担当…池田光


 5月13日(日)
「純一無雑」   日曜担当…八木正典
いかにすればいつまでも進歩向上していくことができるか。
第一に絶えず精神を仕事に打ち込んでいくということです。純一無雑の工夫をする。
(安岡正篤)

忙しい日々が続いております。やらなければいけない仕事とやりたい仕事が次々と出てきており、優先順位の付け方を考えながら、一つ一つ全力でこなしています。
ヨーガスートラでは「ヨーガとは心の働きを止滅することである。心のはたらきが止滅された時には、純粋観照者たる真我は自己本来の態にとどまることになる」とあります。
王陽明も伝習録で「良知は心の本体にして、即ち前のいわゆる恒に照らすものなり。心の本体は起こることなく起こらざることなし。」と言っています。
忙しくなればなるほど、心を落ち着ける毎日の瞑想の時間が大切なものとなっています。
雑念妄念を取り去る努力を行い精神集中していく工夫を続けて行きたいと思います。

日曜担当…八木正典


 5月12日(土)
磨煉   土曜担当…佐々木秀彦
『子曰く、之を如何、之を如何と曰わざる者は、吾之を如何ともする末きのみ』(伊與田覺著「仮名論語」現代語訳:これはどうしよう、これはどうしようと常に自分に問いかけないようなものは、私にもどうしようもない)

今週は仕事で失敗の連続でした。失敗と言っても何かヘマをしたと言う意味では無く、お客様との面談で重要なキーワードに対しての即時の応対が間違っていたなと面談後になってから気付くことが多かったということです。面談中の何処でキーワードが出てくるのか台本があれば失敗は無いかと思いますが、人が真意の言葉を発する時は唐突にサラッと言うものです。ここで即座に凛とした反応ができるか否かが、営業力の真価だと思っているのですが、今週の僕はダメダメ営業マンでした。

『子曰く、吾嘗て終日食わず、終夜寝ねず、以って思う。益無し。學ぶに如かざるなり』
(同 現代語訳:私はかって一日中食べず、又一晩中寝ずに考えたが、得るところがなかった。やはり、書を読み、師について学ぶのには及ばなかった)

不動産は「買う」というのも大きな仕事です。僕も最初は家を「売る」のが仕事でした。数千万円単位の価格で、買う人は数十年のローンを組んで支払うという商品を売るのにそれなりに勉強もし、成果も挙げた実績を踏んで、次にその事業用地を「買う」という役に就きました。「売る」より「買う」ほうが簡単な印象を当時の僕はもっていたのですが、「買う」のは「売る」より数十倍、数百倍難しいのが現実でした。

『子曰く、道同じからざれば、相為に謀らず』(同 現代語訳:志す道が同じでなければ、お互いに相談しないほうがよい)

面談は一瞬をしっかり捕まえれば商談へと進化します。しかしその一瞬を見逃せば面談のまま終了します。もちろん面談には当然に目的があるので、その目的は達せられる訳ですが、やはりチャンスはしっかり捕まえなければ面白い人生には成りません。進化したから人間となったわけで、進化しなければ類人猿や恐竜のまま停まっていたはずというのは歴史が証明しております。宇宙は進化し続けるのです。話もしっかり進化させるからこそ人間なのです。

上記引用はすべて「衛靈公第十五」の中にある文言ですが、それぞれ別々の箇所に各々記載されております。でも僕は何か大きく繋がっている気がします。人との会話も、勉強も、すべてが繋がっているのは間違いないと思います。ただそれをどう繋げるかは僕自身の力量が全てだとも思います。

土曜担当…佐々木秀彦


 5月10日(木)
不自由を満喫   木曜担当…西端努斗夢
 病に倒れて以来、ここ数年は少しばかり不自由な生活を強いられています。
 最初の頃はこの不自由から何とか逃れたいと悪足掻きしましたが、最近はどうでもよくなりました。
 この世に偶然はなく、遭遇することはすべて自分が進化するためのものだと考えれば、これも悪くはありません。むしろ、無理をしてまで今の状態から抜けだしてはいけないとさえ思えてきます。
 自分がこの先、どんな進化を遂げることができるのか、楽しみにして不自由を満喫していこうと思います。

木曜担当…西端努斗夢


 5月7日(月)
無題   月曜担当…池田光



20年ほど前、ぼくは鎌倉のかさぎ画廊さんを訪ねたことがあります。
石彫家の川井信一さんの個展が開催されていたからです。
この画廊には庭園があり、室内と庭園に川井さんの作品が展示されていました。
お客はぼく以外にいなかったようで、画廊主の笠木和子さんはとても歓待してくださいました。
二人で一時間ほど話したでしょうか。
以来、年賀状を欠かさずにくださいます。
ほんとうにお心の温かい方です。

先日、『絵筆のバトン』が送られてきました。
笠木和子さんの一代記でした。
写真も豊富でとても楽しい一冊です。
笠木さんは90歳になるのに、カクシャクとされています。

著者の細井聖さんは、笠木和子さんの義理の息子さん。
ぼくと同い年で、広告会社に長年勤められ、
現在はフリーランスで、編集や執筆をされているそうです。

カバーの絵は、笠木治郎吉さんの「農婦」。
このエピソードも面白いです。(208ページ以降)

また、161〜162ページには、川井信一さんのことが書かれていました。
やはり川井さんはすごい石彫家だなあと改めて思いました。
かさぎ画廊の庭に川井さんの作品がある写真を見ていると、
訪ねた当時のことが思い出されてきました。

【参考までに……Amazonの内容紹介より】
神奈川県横須賀市と鎌倉市で45年間、画廊を経営してきた女性がいる。
90歳になる現在も、バリバリの現役だ。
終戦直後に画家の家に嫁ぎ、3児の母となるが31歳で夫と死別。
その後、横須賀基地前の肖像画描きからはじめて、女手ひとつで画廊をおこし、
名物画廊主として“横須賀のトットちゃん"と呼ばれるようになる。
その90年の歩みを描いた、波乱万丈の女の一代記。

無題   月曜担当…池田光


 5月5日(土)
能所   土曜担当…佐々木秀彦
『日に其の亡き所を知り、月に其の能くする所を忘るること無し。學を好むと謂うべきのみ』(伊與田覺著「仮名論語」現代語訳:日々まだ自分の知らないことを知り、月々にすでに知り得たことを忘れないように努める。これを学問が好きだと言えるだろう)


僕は忘れることが得意です。この忘れる能力のお蔭で今まで多くの困難を乗り越えてこられました。しかしこの忘れる能力には弱点もありまして、各種試験勉強の時はほとほと難儀しました。大意は間違えず理解していても、日本の試験の解答は正確さを重視します。英単語の綴り、歴史の年号、登場人物の正確な漢字表記…特に自動車運転免許を筆頭にした資格取得試験は選択肢を選ぶ形式なので、詳細を正確に暗記していなければ必ずひっかかる選択肢が周到に準備されておりますので、手古摺りました。

今年は四書五経に少しづつ触れていこうと思っております。一つ一つを深くしっかりではなく、さらっと軽く触れる時間を取るという程度の意識ですが、それでもやっぱり面白いと感じる文言と必ず出会います。

学習とは知らないことを勉強することだと僕は思い込んでおりました。しかし、知り得た知識を忘れないように努めるまでを含めるものだったのですね…

先日、2018年11月25日開催の大阪マラソンに出場申込みをしました。3月に始めたダイエット計画の集大成に面白いかなと臨んでみることにしました。かなり競争率が高いということなので、当選して出場権を得るかどうかはまだわかりませんが、こういう時のクジ運は強いほうなので、きっと走れると思います。高校のマラソン大会が17q、野球部の20Kmランニングの経験はありますが、フルマラソンは人生初めてです。申し込んだだけですが、わくわくします。こういう新たな挑戦に向かっていくわくわくを忘れないように身体を張って努めることも、広い意味で「学問が好き」の表現に含まれているのかもしれません。

土曜担当…佐々木秀彦


 5月3日(木)
漢文読解   木曜担当…西端努斗夢
 湧くわく本心塾の潜学講座が28日に開催されました。第3講の“漢文読解『大学章句』を読む”にむけて漢文の読解にチャレンジしていた私は、池田塾長より漢文読解の面白さを教えていただくことができました。
 ただ単に漢字の意味を調べ現在文に訳するのではなく、作者の思いや作者の生きた時代背景などから作者の言いたかったことを推し量りながら読み込んでいくのです。
 高校時代にこの面白さを知っていたら古典の授業は私にとって休息の時間にはなっていなかったと思います。先生の説明を私が聞き逃していただけかもしれませんが……

木曜担当…西端努斗夢


 4月30日(月)
 無題   月曜担当…池田光
28日の潜学講座、第6期第1回では、みなさまとお会いでき、楽しいひとときを過ごさせていただきました。
第6期を実り豊かなものにしたいと思います。

さて、近ごろ、四十代初めに出会った開運術である「淘宮術」のことが気になり始めました。
かなりのめり込んだ時期があり、美術商に頼んで、淘宮術の開祖・横山丸三の書を精力的に集めた時期があります。

書籍は手に入る限り集めました。
二十年前は神田の古書店によく出かけて物色しました。
横山丸三の高弟で、江戸幕府の旗本であった飯田勝美が、徳川慶喜に御進講した手書きの本を入手しました。
和綴じ本で、帙(ちつ。和本を包んで保存する装具)の題字は徳川慶喜が書いているという珍しいものです。

五十歳ころに出版した『成功哲学ノート』には、横山丸三のことを書きました。
が、深く探究できておらず、一度集中的に取り組んでみたいと思っていたのですが、その時期がそろそろやって来つつあるという感じです。

掘り下げれば、いろいろな鉱脈が発見できそうだという期待感があります。
朱子学に近いところがあり、神道的なものがあり、占術的な側面があり、なんとも言えない独特な雰囲気があります。
術語もたいへん面白く、「よなげる」「なにもない腹」「陽発」など。
ご興味がある方は、日本淘道会のサイトを覗いてみてください。

http://www.toudoukai.or.jp/toiawase.html

月曜担当…池田光


 4月29日(日)
「不易流行」   日曜担当…八木正典
湧くわく本心塾潜学講座が復活し最初の講義でした。
池田先生の「天風先生の『自助』を考える」、富樫さんの「易経入門」、西端さんの「漢文読解『大学章句』を読む」というそれぞれの特色を生かした講義で知的好奇心がくすぐられ、非常に充実したものでした。改めて潜学講座の素晴らしさを感じた次第です。

「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」

松尾芭蕉が旅の中で見出した理念に「不易流行」があります。時を超えた普遍の真理の上に、時代や環境によって新たなものを取り入れて変化していくというものです。
潜学講座第6期での学びを不易の部分としていかに自分の中に吸収していくのか、そして自分の中でいかなる変化を付け加えていくことが出来るのかを確りと追求していきたいと思うのです。

日曜担当…八木正典


 4月28日(土)
勉強   土曜担当…佐々木秀彦
『人の一生はやはり運だと思う。実力があってもダメなものはダメ。努力と根気、勉強、こういうものが運をとらえるきっかけになる』(田中角栄

最近時間の遣い方が変わってきました。意識的に変えているというよりも、僕にとって必要なことにより気持ちを傾けると、変えないと対応できなくなったという感じです。

『田中角栄100の言葉』(宝島社)という本を読みました。田中角栄という人は「聖徳太子」を目指していたのではないかなと感じました。人に対しての計算し尽くした応対をなさっていたようです。官僚、選挙民、陳情者に対して、常に相手の尺度に合わせて仕草も言葉も慎重に選んでいらっしゃっていた方なのだろうという印象です。豪快な方というのは、逆に繊細な心をしているものなのかもしれません。

上記の言葉。田中角栄と言えば「学歴は要らない、学問は必要」という有名な言葉と全く同意なような気がしました。

人間24時間集中し続けることができれば問題はないのですが、そうはいきません。その限られた時間で為す勉強は、やはり時間をコントロールすることから始まります。人間には感情がありますから、コントロールしようと努力してもなかなか成果には直結しませんが、時間は感情的になりませんから、その分だけコントロールは容易です。

「運」をとらえるきっかけが、「努力と根気」「勉強」。そういう視点も面白いと思いました。

土曜担当…佐々木秀彦


 4月26日(木)
世襲   木曜担当…西端努斗夢
 昨日は東大阪市に本社のある日本石材センター株式会社を見学させていただき、創業者で現名誉会長の明石恒重様からお話をうかがう機会に恵まれました。
 最も印象に残ったのは、明石会長が社長時代に起草されたという社内憲章です。その中には、「会社は社長個人のものではなく社員全員のものであり、決して企業を私物化させない。また公平性を保ち上下の関係なく健全に会社を発展させる」という考えから社長、取締役を2年毎に社員による選挙で選ぶことを明記しています。
 経営の世襲については、賛否がありますが、創業者にとっては、苦労して産み育てた会社を子や孫に譲りたいと思うのが人情です。あの経営の神様と言われた松下幸之助さんや流通業界に旋風を巻き起こした中内功さんでさえ、悩みや葛藤の末に社長の座を我が子に譲っています。
 社長の公選制など、社内憲章で謳われていることは明石会長の哲学で貫かれていて、そのためかどうかはわかりませんが、社員の皆さんがイキイキと働いているように私の目には映りました。

木曜担当…西端努斗夢


 4月23日(月)
無題   月曜担当…池田光



天風先生の『安定打坐考抄』には「理入」が説かれた文章があるのですが、
この文章から「理入」を定義するのは、とても難しいのです。
漢字を一部ひらがなに置き換え、句点を加えて掲げます。
いかがでしょう。この文章から、理入の何たるかが読み解けるでしょうか。

【天風先生が「理入」を説明した言葉】
理入の方を「一切衆生は、本来如来の智慧徳相を具有する」と説かれた。
この意味をひっくるめていうと、
「人は各自の本分に安着せよ」
という事で、人間元来生れると同時に、本分なるものを先天的に有しているのだから、他を探すにも、また求むるにも及ばないというのである。(中村天風『安定打坐考抄』天風会)


仮に、この文章から「理入」の定義を導き出してみましょう。

■第一段階として、次のように書き換えます。
@「理入」とは、「一切衆生は、本来如来の智慧徳相を具有する」ということで、言い換えれば「人は各自の本分に安着せよ」ということである。

A「人は各自の本分に安着せよ」というのは、人間は「本分なるものを先天的に有している」からで、したがって「他を探す」必要も「他に求める」必要もない。

■第二段階として、さらに書き換えます。
@理入とは、もともと具わっている「如来の智慧徳相」=「各自の本分」に落ち着くことである。

A「如来の智慧徳相」=「各自の本分」は生得的に具わっているから、これらを自分以外に探したり求めたりする必要はない。

■第三段階として、次の仮説を立ててみます。
「如来の智慧徳相」=「各自の本分」とは何かというと、これが「理」である。
すると、理入とは、理に入るということで、「各自の本分(理)に安着する(入)こと」となる。
ところで、本分とは、生得的に具わった根本の性質であり、「本性」と言い換えうる。

■理入の定義
理入とは、本性に落ち着くこと=本性を自覚すること=本性になり切ることである。

以上は、ひとつの思索遊びです。
さて、あなたなら、「天風先生が『理入』を説明した言葉」をどう解釈されるでしょうか。
『中村天風 「心の力」瞑想録』では、この文章をぼくなりに解釈しました。
校了するまで、いまも考え続けています。

月曜担当…池田光


 4月22日(日)
「具備すべき資性」   日曜担当…八木正典
大橋武夫さんの統帥綱領を入手しぼつぼつと読み始めております。
日本の参謀本部や陸軍大学校の英才によって東洋、西洋の兵書を含有した日本独自の指導書です。敗戦時にいったんすべて焼却されたものの、その後多くの方の記憶を持ちよってまとめ上げたものだということです。
その中にある文章で次のようなものがあります。
「将帥の具備すべき資性としては、堅確強烈なる意志及びその実行力を第一とし、至誠高邁なる品性、全責任を担当する勇気、熟慮ある大胆、先見洞察の機眼、人を見る明識、他人より優越しありとの自信、非凡なる戦略的識見、卓越せる創造力、適切なる総合力を必要とす。」
力強い言葉です。今でも十分に通用するどころか、今だからこそ必要とされているものかもしれません。
具備すべき資性を自分がどれを持ち得ているのかを振り返るととともに、少しずつでも高いレベルに向けて日々意識していきたいと思っています。

日曜担当…八木正典


 4月21日(土)
大学   土曜担当…佐々木秀彦
『心焉に在らざれば、視て見えず、聴きて聞こえず、食いて其の味を知らず。此れを身を修むるには、其の心を正しうするに在りと謂う』

今期の潜学講座は池田塾長の『大学章句を読む』の講義があるということで、大学を素読してみますと上記誰もが知っている文言に出合いました。ここで僕は「見て視えず、聞きて聴こえず」と思い込んでいた自分に気づきました。これは頗る大きな勘違いだと感じます。恥ずかしながら『大学』も『論語』も素読どころか、本を開いたこともないというのが正直な僕でした。『伝習録』や『西国立志編』は読んでいて、四書五経は全く手をつけていないのも可笑しな話だなというのが、僕が初めて『大学』を素読した後の率直な感想でした。

先日、仕事でたまたま近くを通ったので、四條畷神社へ参拝してきました。どっしりと迫力のある由緒ある神社ですが、ここには『有源招魂社』も御鎮座されています。内外古今の先哲先人の御霊が合祀されて平成19年に建立されたということですが、ここに若宮幾馬顧問の名前が刻まれた石碑を発見しました。論語普及協会や伊與田覺という碑と一緒に並んでこの祠を囲んでおりました。話としては若宮顧問と有源招魂社のつながりは存じておりましたが、澄んだ空気に凛とした祠の前に立って『若宮幾馬』というお名前を発見した時の清々しさは本当に心地よいものでした。「湧くわく本心塾」も、「安岡正篤」も、「神社」も、「大学」も、全部が見事に繋がりました。

『視て見える、聴きて聞こえる』ように…この間違いの修正こそが、僕の場合の『心を正しうするに在り』に繋がる大きなきっかけになるのかもしれません。

土曜担当…佐々木秀彦


 4月19日(木)
比重の大きな人間   木曜担当…西端努斗夢
昨日は、毎月恒例の勉強会に参加させていただきました。そこで印象に残ったのは、中里スプリング製作所・中里良一社長の「私は、小さくても比重の大きい会社作りを普遍のテーマにしています」という言葉でした。
中里スプリング製作所は、群馬県高崎市にある社員数21人のバネメーカーです。比重とは、単位体積あたり質量で、比重の大きい会社と聞いて私は、単に社員一人当たりの売り上げや利益の多い会社かと思いましたが、目指していたのはそれだけではありませんでした。品質やサービス、地域社会に対する貢献度など、比重の大きさを追求する部分は、幅広いのです。
そんな話を聞いていて思ったことは、人間も同じだということ。大きな人間になれればいいのですが、なれなければせめて比重の大きな人間になろうと思いました。
もちろん私の場合、大きくするのは比重だけで、体重はこれ以上増やさないように気を付けます。

木曜担当…西端努斗夢


 4月16日(月)
『中村天風 「心の力」瞑想録』   月曜担当…池田光



拙著『中村天風 「心の力」瞑想録』の予約ページを、Amazonに開きました。
詳しくは、Amazonをご覧ください。
6月5日の発売予定です。

この本は、わずか百ページにも満たない小さな本ですが、ぼくの中間決算の書です。
いちばん書きたいことを書きました。
ぼくの個人史において、「これが書ければ悔いは残らない」というレベルまで達していると思います。

この本は、数年にわたる「湧くわく本心塾」での講座がベースとなっています。
「理入と行入」という学びの問題や、「心の力」の解釈については、講座で何度か取り上げてきたことです。
とくに、「理入と行入」については、まともに取り組んでから5年以上が経過し、この間にある程度の原稿を書いては没にしたりと、一貫して考え続けてきたテーマです。
ようやく「これで良い」というレベルに達しました。
塾生のみなさまには、この場をおかりして、御礼申し上げます。
もし、本塾がなければ、この本を出すことはできませんでした。

7月14日の潜学講座では、この本をベースにしたお話をさせていただきたいと思います。
もっとも、ぼくのほうは、その頃には次の本に取り掛かっていることでしょうが。
次の本も、やはり中村天風の本で、言葉集の決定版を書きます。

ほんとうにありがたいと思うのは、天風先生の帰霊50年となる節目の今年に、ぼく自身の集大成の時期を迎えることができそうだということです。
天風哲学に出会った頃の二十代のぼくには、まったく夢のような出来事です。
10冊ほども天風哲学の本を発表することになるとは、思ってもいませんでした。
また、たまに、天風先生と通じあえたと思えることもあるのです。

月曜担当…池田光


 4月15日(日)
「いま、ここ、自分」   日曜担当…八木正典
最近読んだ本の中に自分自身でコントロールできるのは、いま、ここ、自分だと書かれていました。
安岡正篤先生も「東洋学発掘」で、現在我々が喪失されているものを次のように語っています。
「尊い喪失とは何か。個人です、自己です、魂です、自己の主体性です、真の自由です。現代の我々は、主人公、すなわち自己自身主体性を失っておるのです。」
自分に振り返ってみると、膨大な情報が溢れる状況の中で周りに影響をされて、主体的な動きが取れていないことがあまりも多く発生しています。
自分の今の境遇、今の立場で出来る最大限の力を注いでいく。それが周りに広がって、回りまわって社会の何かしらに役立つ。そんな形を少しでも目指していきたいと思うのです。

日曜担当…八木正典


 4月14日(土)
青眼   土曜担当…佐々木秀彦
『竹林の七聖人の一人に、阮籍という人物がいる。この阮籍は気に入らない客には、眼を剥き白眼で対したが、気に入った客には青眼で応対したという故事がある。しかしお前につけた「青眼」は、そのような気性狷介なものではない。剣道に青眼の構えというものがある。切先は相手に冷たく向けられている。この青眼を中段の構えともいう。大上段に振りかぶった威圧的な構えに比べて、極めて静かであるが、湖水の如き底の知れぬ怖ろしさを秘めておる。迫られれば、退き、退けば、迫る。融通無碍の自然体のなかに、裂帛の気合が剣にある』

『さむはら(文字はサムハラ神社のお守りに書かれている難しい字)』という本を図書館で見つけて読んでいます。飯尾憲士という人の書いた5編の短編小説から成る本の、最終編がこの「さむはら(難しい字)」で、その主人公に名前の由来を父親が晩酌しながら説明しているのが上記引用文です。剣道は「正眼の構え」と普通は表記しますが、そこを「青眼の構え」としているところに作者の思いを垣間見れるような気がします。

人間には生まれてから死ぬまで、さまざまなシーンの積み重ねだと思いますが、この作家は死を覚悟した人間心理を深く掘り下げることで、命の凄さを表現されていらっしゃる方という印象を持ちました。確かに健康体で暮らしていると、その健康が当たり前になって、健康に関しての感謝がついつい薄くなりがちなのは誰しも同じかと思います。僕も昨年ヘルニアで歩けなくなった時期があったので、今はまだ普通に歩けることをありがたいことだと思い、腰に毎朝の水垢離で感謝を伝えておりますが、水垢離をしていなければ、毎日の感謝を腰に伝えるなどということはおそらく無かっただろうと断言できます。

この作家の登場人物は結核病棟に暮らしていても、極貧で介護と仕事を余儀なくされていても、戦時中という状況の中でも、自分の世界を精悍に澱みなく命を全うする姿勢は貫かれております。「青眼」さんは、大正14年生まれで戦争時点では士官学校の生徒でしたが、結果戦地に行かず、その後も廻りは波乱万丈であったのに青眼さんは地味に、しかし力強くしっかりご長寿となっています。士官学校の寮に入る前に母親から贈られた手書きの「さむはら(難しい字)」と書かれたお守りは、娘がアメリカで暮らすと旅立つ時に手渡したという内容になっておりました。

本は意識的に読むようにしておりますが、小説を読むのはかなり久しぶりです。この作者の描く世界は色が暗いので正直読むのはこれで最後になるだろうと思いますが、偶然今、手に取ったのも、きっと今、読まなければならない何かがきっと隠されているのだろうと、この本だけは5編しっかり読了する予定です。

土曜担当…佐々木秀彦


 4月12日(木)
 あたり前の奇跡   木曜担当…西端努斗夢
奇跡には、不思議な奇跡とあたり前の奇跡の2種類があるそうです。
事故に遭って奇跡的に助かる人は確かに凄い。けれど、事故に遭わない人の方が本当はもっと凄いのかも知れない。
不思議な奇跡を引き起こす何か訳のわからない力を求めるより、日々を無事・安心して過ごすことができる自身の内に秘めた本心の力を私は求めていきたい。

木曜担当…西端努斗夢


 4月9日(月)
 無題   月曜担当…池田光
六月の初旬に、『中村天風 「心の力」瞑想録』(本心庵)を出版する予定です。
書き始めて、ほぼ一か月。
昨日、ようやく書き終わりました。

最後の一週間ほどは、かなり覚醒してしまい、睡眠が少なくても平気になっていました。
数時間ほど寝ると、起きだして執筆するという状況になっていたのです。

これでは身体がもたないと思って、寝る前に強めのアルコールを飲むのですが、覚醒してしまうと効果なしです。
また、身体をゆるめようとして、自律訓練法で四肢末端の力を抜いていくのですが、スイッチが入ってしまうと、この方法も効果がありませんでした。
脱稿したので、これでようやくゆっくり眠れます。

この本は、ぼくが書きたいと思っていた悲願の一冊です。
涌くわく本心塾での、数年間にわたる講座をベースにしています。この準備があったから、一か月で書けたのです。
天風道四十年近くになる中間決算の書でもあります。

さて、これから四月いっぱいをかけて、じっくり校正します。
そして、五月の連休が明けたら、印刷・製本にかける予定です。
その後は、天風先生の著述書を再読すると同時に、次の本をイメージしていきます。
昨年、『安岡正篤 運命を思いどおりに変える方法』(イースト・プレス)を出版しました。
次の本はその姉妹本で、ぼくは何冊か中村天風の言葉集を出しましたが、その決定版にしたいと思います。

月曜担当…池田光


 4月8日(日)
「潜学講座」   日曜担当…八木正典
4月の潜学講座に参加してきました。
今回は、適塾見学会with桜花舞の宴で、適塾の見学と大阪城公園での花見でした。

適塾はこれまで恥ずかしながら見学をしたことが無く、学びのいい機会を与えていただきました。
適塾は日本近代医学の祖と言われる緒方洪庵が開設した蘭学の私塾で、大阪大学医学部や慶応義塾大学のルーツです。
大村益次郎、橋本左内、福澤諭吉等のそうそうたる塾生を輩出しています。
適塾の大広間にゆっくりと座って昔の時代に思いをはせると、限られた情報しかない環境で西洋医学の吸収に全力を注ぎ、塾生同士がお互いに学びを深めている光景が目に浮かんでくるようで感動でした。

花見は桜も大部分散ってしまっておりましたので、伸び行く葉桜を楽しみながらの宴です。
予想外の気温で寒さに耐えながらも、お互いがそれぞれ思いやる中で、気持ちよく楽しむことが出来ました。「何をするか」よりも「誰とするか」が大事といいますが、本心塾のメンバーと時間を共有することの楽しさと有難さを改めて感じた次第です。

今年から潜学講座が復活し毎月の開催となります。
引き続き出来る限り本心塾に協力しながら、新たな学びを追求していきたいと思います。

日曜担当…八木正典


 4月7日(土)
 息遊   土曜担当…佐々木秀彦
『陰徳ある者は、必ず陽報あり、陰行ある者は、必ず昭名あり。』(淮南子)

「陰徳陽報」と四字熟語で言われる言葉です。元号「昭和」の出典「百姓昭明、協和萬邦」で示される「昭明」どちらも同じ明るいという意味だそうです。陰徳陽報、陰行昭名。何か救われる気がする言葉です。

安岡正篤師の「人生をひらく活学」の最終稿で熊沢蕃山が登場します。中江藤樹同様に、僕の中でこれから勉強したい人物の一人でもあります。この熊沢蕃山の雅号が「息遊軒」です。礼記の中の学記の「君子の学に於けるや、焉を蔵し、焉を脩し、焉に息し、焉に遊ぶ」という「四焉」からとったもので、学に於ける最後の2つということだそうです。学問というのはまず蔵する、そのままでは何の役にも立たないので脩めて整え磨く。脩するのはいわば勤労なので勤労ばかりでは苦になるから息する、つまり休む。息するように学問するようになると、さらには遊ぶ。学問に遊ぶという境地というところまであるそうです。安岡正篤師は「この遊というのが、東洋のあらゆる学問・芸術の一つの特徴であり、精神であります」と仰っています。

この「四焉」の学を、商売に変えると確かに成り立つ気がします。息するのが生活することで、さらに遊ぶ感覚になれれば、商売に成功したと言っても良いかと思います。おそらくここで一番大切なのは、脩ではないかと感じます。整える、そしてさらに磨く…この作業の繊細さが勝負の分かれ目になるような気がします。商売には修行期間と表現される時期は必ずありますが、この修行に対する認識が間違っていると、修行そのものが無駄な徒労となるのは明白です。修行を整える、磨くという認識をもってすれば大丈夫な人になる訳です。何も解らない…つまり蔵する前に修行してもあまり意味は無さそうです。蔵が先、この順番は絶対間違えてはいけないと、この本を読んで初めて知ったことでした。

この本を読んで、僕は今凄く刺激されているのですが、これも以前に安岡正篤師の伝習録を読んでいる下地がある、さらに潜学講座で陽明学、天風哲学、四書五経等々、各回講師の方の熱意ある講義で、蔵したものがあるからこそ初めてこの本もやっと僕の蔵となる読み方ができるようになったような気がします。この蔵があるからこそ、初めて僕は商売の修行をする権利を得ることができたのでしょう。商売として息はかろうじてしてはいますが、この場合の息というのはおそらく有我無念を指してると思います、そういう意味では僕はまだまだ有我有念で商売をやっています、まだ息の領域には到達しておりません…無我無念までは追及してないとは思いますが、そこまで到達していないのでそこは不明です。遊はどんな感じなのか???今からとても楽しみです。

土曜担当…佐々木秀彦


 4月5日(木)
 花より団子?   木曜担当…西端努斗夢
先週、お花見に行ってきました。桜が満開で最高の気分でした。
その時に私は、「花より団子」という言葉があるけれど「花より人間」だと感じました。
心をワクワクさせるのにロケーションはもちろん重要なのですが、それよりも、誰と一緒に満開の桜を見て「綺麗だね!」と話せるかということの方が私にとっては重要なのです。
湧くわく本心塾では、今週末に『適塾見学会with桜花舞の宴』と題して、江戸時代後期に医者で蘭学者の緒方洪庵が大坂・船場に開いた私塾・「適塾」跡を見学した後、大阪城公園でお花見を計画しています。
もしかしたら、桜の花は散っているかもしれません。しかし、高い向上心を持った仲間や人生の師と思える方々と杯を傾け、心を開いて語り合うことは、優れた書物を読み解くことに匹敵すると私は思っています。

木曜担当…西端努斗夢


 4月2日(月)
 無題   月曜担当…池田光
4月に入りました。
例年ならこのあたりで何か成果物があるのですが、今年は出遅れています。
がんばらねば。

さて、3月下旬に、弊塾顧問の佐々木奘堂先生がイギリスに旅されました。
丸5日間、昼間はずっとブリティッシュミュージアムの「パルテノンの間(ディオニュソス等、パルテノン神殿にあった本物がある)」で過ごし、ひたすら、ディオニュソスからの声に耳を傾けられるのだそうです。

ところで奘堂先生は、関空でスーツケースの鍵を落とされたそうです。
スーツケースが開けられず、無用の長物たなってしまったとして、夏目漱石が亡くなる前の月くらいに作った漢詩を、うろ覚えだとして思い出されていました。

「いろいろ多くの物を持っていた。
だんだんと物を捨てていった。
行き行きて、長物、尽きたり。
いずくにか、我が愚を捨てん。」
漱石らしい、実に味わい深い漢詩です。
長物、余計な物は、どんどん捨てていったけど、最後に残ったものは、
愚かさだけの自分。(この長物は、捨てようもない)
というような意味の漢詩です、と。

ぼくは、さっそく原文を当たりました。
『吉川幸次郎全集』第十八巻にありました。(『漱石全集』を持っていないので。ちなみに、『吉川幸次郎全集』と同じ十八巻に乗っているようです。)
その後、奘堂先生が原文や現代語訳をフェイスブックにアップされていましたので、これを引用します。

■以下、奘堂先生の文章から。
大正5年10月21日に漱石の作った漢詩。

元是一城主
焚城行廣衢
行行長物尽
何処捨吾愚

【書き下し文】
元(もと)これ一城(いちじょう)の主(あるじ)。
城を焚(や)き、広衢(こうく)に行く。
行き行きて、長物(ちょうぶつ)尽きたり。
いずれの処(ところ)にか、わが愚(ぐ)を捨てん。
※吉川幸次郎氏の訓読とは少し違います。

【おおよその意味】
元々、一国一城の主(あるじ)として生まれた。(何不自由なく過ごせる身であった。)
ところが、城が火事で焼けてしまった。一城の主という立場を失い、広い衢(ちまた)、世の中に投げ出された。
世の中を行くうちに、持ち物を売ったりして、長物(余計な物、持っていた物)は、すべて尽きて(無くなって)しまった。
残った、たった一つのもの、それはこの自分の愚かさのみ。これだけは、捨てようにも、どうにもならない。

この漢詩を作った、ちょうど1ヶ月後に、漱石は倒れ、そのまま意識は戻らないまま亡くなります。
(以上が、奘堂先生の文章です。)

ぼくは、この詩をずいぶん昔に教えてもらったことがあります。
おそらく、高校生の頃。
が、いま、奘堂先生の体験を通して、この詩に出会って思うところが多々あります。
それにしても、奘堂先生の体験は説得力がありました。
忘れられない奘堂先生からの説法となりました。

月曜担当…池田光


 4月1日(日)
 「切磋琢磨」   日曜担当…八木正典
子貢曰く、貧しくして諂うこと無く、富みて驕ること無きは如何。
子曰く、可なり。未だ貧しくして道を楽しみ、富みて礼を好む者には如かざるなり。
子貢曰く、詩に云う、切するが如く磋するが如く、琢するが如く磨するが如しと。其れ斯れを謂うか。
子曰く、賜や、始めて与に詩を言うべきのみ。諸に往を告げて来を知る者なり。(学而第一)

組織強化を考えていた時に、相手だけに成長を望むのではなく、自分のみが成長するのでもなく、双方にバランスの取れた成長が必要であると考えているとある言葉が浮かびました。
それが「切磋琢磨」です。切は骨、磋は象牙などを切り出し削ることで、琢は玉、磨は石を磨くことだと言われています。修養によって自らを向上させるのみならず、同じ志を持つ者同士が互いに刺激し合い向上し合うことです。
下村湖人先生の論語物語では、切磋琢磨を人格陶冶の苦心を謡ったものだけではなく、工匠の仕事を楽しむ心、則ち労苦の内に、否、労苦することその事に生命の躍動と歓喜を見出す心が大切な点だと説明しておられます。
お互いを高め合う動きの中に、仕事を楽しむ要素をどこまで組み合わせていくことが出来るのかを意識していきたいと感じております。

日曜担当…八木正典



2017年6月9日〜2018年3月31日

2017年4月1日〜2017年6月8日

2016年4月1日〜2017年3月31日

2015年4月1日〜2016年3月31日

2014年4月1日〜2015年3月31日

2012年7月2日〜2014年3月31日