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 湧くわく本心塾とは

湧くわく本心塾は、互師互弟で、志を高め合おうとする集まりです。
儒教や天風哲学などの教えをベースに、さまざまな先哲の叡智に共通する真理を学び、また実生活で実践することで、塾生一人ひとりが自らの人間力を向上させていきます。
そして、各自がそれぞれの持ち場で「一隅を照らす人」となっていただき、
また「一隅を照らす人づくり」を行うことを目的としています。


 トピックス

■湧くわく本心塾第6期休講と六然講座のご案内
■照隅ライブラリー第4弾『ブッダの言葉 ~最古の原始仏典「アッタカヴァッガ」を読む~』 発売
■湧くわく通信第3号発刊
■湧くわく本心塾in多治見 開催
■佐々木奘堂先生の「お話と坐禅会」開催
■若宮幾馬 著 「『詩経』と中国古典」発売!
 
■湧くわく通信 第1号発刊  テーマ「中村天風」
 
■照隅ライブラリー第2弾『論語 人間を磨く言葉』発売!
■湧くわく本心塾@名古屋開催
■『天風哲学の基本と実践 わが師中村天風に学んだ心身統一法』発売
■CD『中村天風から教わったお鈴・ブザーを使う瞑想法』発売


 わくわくブログ

【担当】 月曜…池田光、火曜…柿原まゆみ、水曜…冨樫功、木曜…西端努斗夢、土曜…佐々木秀彦、日曜…八木正典



2016年4月1日~2017年3月31日

2015年4月1日~2016年3月31日

2014年4月1日~2015年3月31日

2012年7月2日~2014年3月31日

    

2017年4月25日(火)
心がこもった食事                    火曜担当…柿原まゆみ

暮らしの手帖の編集長 松浦弥太郎氏の
「今日もていねいに」は気忙しい生活の中
ちょっとした時間を豊かにして
くれるように感じます。


書籍の中に書かれていた
『心のこもった食事』を読んで
朝食をきちんととるように
しています。

コンビニのサンドイッチで朝ごはん、
お昼はカップラーメン、
夜はデパートのお惣菜という
生活が基本になったら
味覚はどんどん鈍くなります。
「心がこもっていないものを食べても満たさせない」


誰かのために、そして自分のためにも、まずは
簡単な朝ごはんをつくってみましょう。


「暮らしのなかの工夫と発見ノート
   今日もていねいに。」 松浦弥太郎より



わたしもそう思います。
コンビニやお惣菜・インスタント食品に
頼らない生活をしていると
たまにお惣菜を食べると辛く感じます。


辛い味に慣れるとどんどん塩分の量が増えて
健康を害しますよね。


朝食はパンでなく出来るだけごはんにしています。


時間がない時や美味しそうなパンの香りについ
つられて購入するときもありますが・・・


朝ごはんをお米にするためには
前もって準備をしています。

朝、お米をといて、
待っている時間をなくすために
前日にお米を研ぎ、
冷蔵庫の中に入れます。



お米マイスターの方が
お米を冷蔵庫に入れたり
冷水で炊くと
『もちもち』すると言われていました。

実践してみると時短になるだけでなく
冷えた時のお米が
とても美味しいです。


おかずも前日の夜に野菜などは
切って仕込みをして
おくとスピーディに朝食ができます。



凝ったものでなくても炊き立ての
ごはんがあれば美味しくいただけます。



私の工夫は茶碗やお皿やお箸おきを
気分の上がるものにしています。




中村天風先生のおっしゃっている
『喜びの感情で幸せスイッチを入れる』
楽しさ・朗らかさ・面白さと言う感情が
宇宙エネルギーを受け入れる秘訣。



幸せスイッチをオンにする
心のこもった朝食を続けていきたいです。

火曜担当…柿原まゆみ



2017年4月24日(月)
無題                           月曜担当…池田光




■「喜怒に触れる」
柳宗元の文章(「韓愈に与えて史官を論ずる書」)を読んでいて、次の一文にぶつかりました。

「司馬遷觸天子喜怒」

次のように簡単に訓読できます。

「司馬遷(しばせん)は、天子(てんし)の喜怒(きど)に触(ふ)れる」

少し注釈を加えておくと、「司馬遷」というのは『史記』を編纂した歴史家であり、「天子」というのは漢の武帝です。

さて、この一文を、どう現代語訳すればいいでしょうか。
ポイントは、「喜怒(きど)に触(ふ)れる」を、どう訳すかです。
ここをまじめに考えると、意外に難しいのです。

■A案
「喜怒」を何と訳せばいいのでしょうか。
ふつう、「怒りに触れる」という言い方をよくしますが、「喜びに触れる」という言い方はしません。
まして、「喜怒に触れる」という言い方はしません。
そこで、次のように訳すというのが、A案です。

A案……「司馬遷は、武帝の怒りに触れた」

この場合、「喜」は「怒」の添え字となります。
が、なんとなくしっくりしません。
「喜」は添え字だとは言え、消えてしまうからです。

■B案
そこで、次のように訳します。

B案……「司馬遷は、武帝の感情に触れた」

「喜」や「怒」という具体的な個々の感情を、上位概念の「感情」という表現に高めたのです。
すると、A案の「怒りに触れる」という一方的な感情とは違った、微妙な含みをもたせることができます。

■結論
A案も、B案も、どちらも正解です。
実際、「司馬遷は武帝の怒りに触れた」ことで宮刑に処せられたのですから、A案でいいのです。
が、あえて柳宗元が「喜怒」と表現したのは、単純な「怒り」ではなく、微妙なニュアンスを含めているからでしょう。
この微妙なニュアンスを訳そうとすると、B案のほうが近いでしょう。

そこで、この一文を、
「司馬遷は、武帝の感情に触れた」
と訳すことにしました。

月曜担当…池田光



2017年4月22日(土)
断煙                          土曜担当…佐々木秀彦

タバコを止めることにしました!
まあ断捨離の一環みたいな思い付きなのですが、取り敢えず断煙することは決意したのですが、断煙の場合は決めたからには挫折だけは絶対に嫌です。ここには戦略が必要と熟慮しました…

初めてタバコを吸ったのが17才…ちょうど35年のキャリアです。一日平均は1箱半ぐらいでしょうか…1日3箱の時代はけっこう長かったですが、最初の頃は3日で1箱ぐらいだったし、最近は1日1箱程度だったので、アバウト1日1.5箱として…35年で19,625箱、1箱180円から始まったような気がしますので、×300円でたばこ代合計5,748,750円…タバコは7割ぐらいが税金ということで僕は実質高額納税者と思い込んでおりましたが、年額換算114,975円程度の納税額だったとは…タバコ税は日本経済に全く貢献してないことに今初めて気づきました。

僕は愛煙歴35年ですが、禁煙をした経験はありません。したがって禁煙の辛さや難しさの経験もありません。世間では禁煙は難しく、意思の固い選ばれた一部勝者のみが燦然と輝く栄冠として禁煙を手にすることができるような風潮すら感じます。

禁煙外来という厚生労働省の推奨する方法もあるようです。国民皆保険制度が財政破たんしそうだと危惧されるこのご時世に、僕の自分勝手な趣味で吸い続けていたタバコを止めるからと保険制度の適用で大事な国保予算を浪費するのは何か違う気がしますので、この方法は却下です。未成年で法律を無視して吸い始めた喫煙習慣です、最後まで自力で決着しなければ男の浪漫までもが煙と消えます。

熟慮に熟慮を重ねた結果…今月いっぱいは1日5本以内なら禁煙の範疇とすることに決めました。日本人的イメージでは禁煙=1本でも吸えばアウトではありますが、そういう潔癖さは時に心に甚大な負荷を課す場合もあります。世界のスタンダードとして日の出から日没まで断食すれば、夜にどれだけ食事を摂っても立派な断食です。問題は課題を遂行し達成することが大切です。挫折することには何の意義もありません。決意は達成しなければならないのです。目標は達成し続けるからこそ楽しむことができ、楽しめるからこそ断煙からも多くの学びを得ることができるはずなのです。本日で3日、1日5本以内断煙は継続しております。来月も5本なのか、4本なのか3本なのかはまだ決めていませんが、秋風が吹く頃には煙は完全に消え去って、爽快な澄んだ青空を楽しめるだろうとワクワクしております。

土曜担当…佐々木秀彦



2017年4月19日(水)
専門用語の弊害                   水曜担当…冨樫功

八木さんがヴィパッサナー瞑想について書かれてましたね。


僕も偶然最近ヴィパッサナー瞑想の本を読んでいました。

ミャンマー仏教徒の間で継承されてきた瞑想法の話です。


普通、仏教の話は、仏教用語で語られますよね。

例えば、般若心経には五蘊という言葉がでてきます。
これは、人間の認識のパターンを色・受・想・行・識という五つに分けて考えたものです。

五蘊を理解するには、色・受・想・行・識すべてを理解する必要があります。


さらに、色・受・想・行・識というのは、
現在の漢字から読み取れる意味とは異なっており、

本当に理解するには資料を読み込んでいかなければなりません。


しかし、その本は、ミャンマー経由で英語に訳されたため、
仏教用語からは自由な説明がなされていました。


これがわかりやすくて、
画期的だなあと思ったのです。


漢字という便利な文字を使っているがゆえに、
余計にややこしくなっている現状を思いました。                                                          


同じように、天風哲学も専門用語がありますよね。

観念要素の更改とか、安定打坐法とか、神経反射の調節とか。

なんか漢字が多くて、
見るからに難解なイメージがあると思うんです。


これをわかりやすい、やわらかい言葉に変換すれば、
それだけで面白いことができそうな気がしました。

水曜担当…冨樫功



2017年4月18日(火)
『笑い』は最強の夢実現ツールになる       火曜担当…柿原まゆみ

笑いは強壮剤であり開運剤です。
ユーモアひとつで勇気づけることもできます。
また行きづまった状況を切り開く事もできます。

            『中村天風 打たれ強く生きる100の言葉』より

私は母のおなかの中で大暴れしていたようで
へその尾が首に巻きつき、生まれてきたときは
顔が青白く、かなり危険な状態だったそうです。

その時、看護師さんが
「色がつくまで保育器の中に入ってもらいますね~」と言われました。
その時 母は「みかんみたい」とくっすと笑ったそうです。

不安そうにしていた母に対する看護師さんの心遣いでした。
母はこのユーモアある一言に救われたと言っておりました。



ユーモアある一言でその場の空気が一転します。
私は小さな失敗をした時は「ネタにしよう」と考えます。

自分の失敗をユーモアたっぷりに伝えることで
皆さんが笑顔になり、場の空気が柔らかくなります。


私の小さな失敗をご紹介します。


宇都宮出張があり、前日入りをしました。
せっかく餃子のまちにきたのだからと
餃子マップを片手に有名店3件をはしごしました。

翌日、仕事が終わると群馬の高崎市にいる
友人宅に向かうため、
東北新幹線のチケットを購入しました。


乗車まで時間があるので
お土産を見ていると
餃子屋さんを発見。


昨日3件はしごしたにもかかわらず
「今度いつ、宇都宮に来れるか わからない。
最後に食べておこうかなぁ~」と
餃子が抑えきれず、お店のお兄さんに
餃子お願いします」と言ってしましました。


美味しそうに焼きあがった餃子を
お店で食べている時間がなく
テイクアウトにしました。

「15時だから人もそんなに乗ってないだろう」と
思い込み餃子を持って新幹線に乗車。

乗った瞬間凍りつきました。

ガーン!!
満席!!


隣の方・通路横の方・前の方・後ろの方に
あやまりまくり、餃子を完食。
(今考えると食べなくてよかったのにと思います。)                                                       

最後に食べた餃子の味は覚えておりません。
新幹線に乗る時は餃子・豚まん(551)は持ちこんではいけないと
肝に銘じました。


中村天風先生のお写真からユーモアを
おっしゃる雰囲気ではありませんが
この言葉を残されてということは
ユーモアのある方だったのでしょうね。


ユーモアあふれる失敗談は
人間関係を良好にするのでおススメです。

火曜担当…柿原まゆみ



2017年4月17日(月)
無題                           月曜担当…池田光

七田眞先生のご子息であり、しちだ・教育研究所の社長を務めていらっしゃる七田厚さんから新刊が届きました。
お手紙に、「P201~のエピソードを是非お読みください」とあり、さっそく該当ページを開きました。

そこには懐かしい思い出が記されていました。
もう、20年近く前のことになります。
当時、七田眞先生は、69歳でした。
ぼくは本心庵という出版社を立ち上げ、七田眞先生に自伝をお願いしたのです。
掌に乗るほどの豆本を二巻出しました。(現在もまだ在庫があります)
この段階でぼくはへこたれてしまったのですが、その後も、しちだ・教育研究所から続刊を出し続けられ、全14巻となっています。
通しの題名は、『生きて来た道』です。
川井信一先生に題字を書いていただきました。

そんなエピソードが七田厚社長のご本には綴られており、懐かしくなって、ぼくは『生きて来た道』を取り出しました。

「出版に当たって」と題して、20年前のぼくは、こんなことを書いています。
「豆本のも魅力はヒソヒソ話にあります。
たくさんの人々を前にして講演するような商業出版とは違い、炉辺で聞き手の息遣いを確かめながら、とっておきのお話をじゅんじゅんと説いてくれるところに豆本の趣があります。
七田眞先生のお話が、このような形で愉しめる機会を、読者とともに分ちえることは、出版人としてのこの上ない喜びです」
と。
現在、この豆本などをもとにして、『七田眞ものがたり』という本が出版されています。

月曜担当…池田光



2017年4月16日(日)
「あるがまま」                     日曜担当…八木正典

先日ヴィパッサナー瞑想に関する本に出会いました
「ヴィパッサナー」とは「物事をあるがままにみる」という意味で、一瞬一瞬に行われる行動を事実として認識していくことにより心から妄想が取り除かれていくというものです。
事実と思考が混ざり合った状態が無明であり、思考によって得られた妄想ではなく自分の感覚として実感し確かめられたものを現実の出来事として自覚することがヴィパッサナー瞑想であり、事実に正しく反応していくことにより心が変わっていくというのです。
これまで本心塾の西端さんの講義で「ものの見方、考え方」を教わり、講義の中で自分の認識や考え方は一面的であることを気づくことが出来ております。
改めてありのまま、あるがままに観ることに意識を向けながら、起こっていく現象を大切にとらえて日々過ごしていきたいと感じております。

日曜担当…八木正典



2017年4月15日(土)
進化                          土曜担当…佐々木秀彦

テレビで東大の新入生をつかまえてインタビューしていたのを偶然に観ました。
『小学校へ入った時、図書室の本を全部読んでやろうと思って、6年かけて全部読んだ、2000冊ぐらいだった』思いつく、実行する、人生はその繰り返しだとは思いますが、小学校に入学した6才で漠然と思った図書館の本を全部読むという何気ない思い付きを、12歳まで崩さないでやり遂げる実行力に、僕ももっとがんばらなきゃと強く感じました。2000冊を6年で割ると年間333冊、低学年向け絵本的な本も含まれているでしょうが、6年間1日1冊読破する実行力は凄いなと敬服せざるをえません。1日1冊本を読んでいる子なら推測ですが、小学校のテスト程度の問題なら習う前でも満点が取れたでしょう。よくよく考えると学問の勉強方法としても理に適っております。これを実行できる子なら、東大入試もそんなに難しい課題だと思うことなく合格したと思います。

水垢離1000日のお祝いに、次の2000日その次の3000日目指して頑張れとの言葉をいただきました。2000日続ければ小学校卒業のレベルまで到達できるという感じなのかもしれません。ピカピカの1年生で入学した頃は6年生が遥か彼方の大人のように見えていたような記憶があります。

湧くわく本心塾に入って3年目です。6年が何かの重要な節目ならその半分までの距離となりました。4月の第1土曜日に大阪倶楽部へ行ってないので、何かしっくりこない違和感のようなものを感じております。

こういう違和感をしっかり認識するからこそ5月の六然講座をより一層楽しめるのかもしれません。記念すべき初回講座は富樫さんの企画です。僕は『八百万の神』を奉り、自然のすべてのものに神が宿るという神道の考え方に大きく心を寄せております。富樫さんの言霊を介してどのような空間を感じることができるのか、すごく楽しみになってきました。

図書室の本を全部読みたいという、ふとした思い付きで、東京大学に合格する道に繋がるように、僕の水垢離や湧くわく本心塾に通うことが、後から気づくとしっかりした道筋になっているのだろうと感じますので、5月の六然講座へしっかり臨めるよう、今日も『八百万の神様』に感謝して、最高の1日にします。


テレビで東大の新入生をつかまえてインタビューしていたのを偶然に観ました。
『小学校へ入った時、図書室の本を全部読んでやろうと思って、6年かけて全部読んだ、2000冊ぐらいだった』思いつく、実行する、人生はその繰り返しだとは思いますが、小学校に入学した6才で漠然と思った図書館の本を全部読むという何気ない思い付きを、12歳まで崩さないでやり遂げる実行力に、僕ももっとがんばらなきゃと強く感じました。2000冊を6年で割ると年間333冊、低学年向け絵本的な本も含まれているでしょうが、6年間1日1冊読破する実行力は凄いなと敬服せざるをえません。1日1冊本を読んでいる子なら推測ですが、小学校のテスト程度の問題なら習う前でも満点が取れたでしょう。よくよく考えると学問の勉強方法としても理に適っております。これを実行できる子なら、東大入試もそんなに難しい課題だと思うことなく合格したと思います。

水垢離1000日のお祝いに、次の2000日その次の3000日目指して頑張れとの言葉をいただきました。2000日続ければ小学校卒業のレベルまで到達できるという感じなのかもしれません。ピカピカの1年生で入学した頃は6年生が遥か彼方の大人のように見えていたような記憶があります。

湧くわく本心塾に入って3年目です。6年が何かの重要な節目ならその半分までの距離となりました。4月の第1土曜日に大阪倶楽部へ行ってないので、何かしっくりこない違和感のようなものを感じております。

こういう違和感をしっかり認識するからこそ5月の六然講座をより一層楽しめるのかもしれません。記念すべき初回講座は富樫さんの企画です。僕は『八百万の神』を奉り、自然のすべてのものに神が宿るという神道の考え方に大きく心を寄せております。富樫さんの言霊を介してどのような空間を感じることができるのか、すごく楽しみになってきました。

図書室の本を全部読みたいという、ふとした思い付きで、東京大学に合格する道に繋がるように、僕の水垢離や湧くわく本心塾に通うことが、後から気づくとしっかりした道筋になっているのだろうと感じますので、5月の六然講座へしっかり臨めるよう、今日も『八百万の神様』に感謝して、最高の1日にします。

土曜担当…佐々木秀彦



2017年4月13日(木)
インターフェース その2               木曜担当…西端努斗夢

先週のブログで「TAハッピーカード」のことを書かせていただきましたが、昨日は、「TAハッピーカード5周年」のお祝い会と、TAハッピーカードから生まれた「OKカード」のお披露目会に参加させていただきました。
「OKカード」製作メンバーの皆さんと一緒に久しぶりに美味しいお酒と料理をいただくことができました。
神様と私たちを繋ぐ新たなインターフェースの誕生を一番喜んでくださっているのは神様かもしれません。

木曜担当…西端努斗夢



2017年4月12日(水)
沢天夬                          水曜担当…冨樫功

気がつけば、第一回目の六然講座の日にちが迫ってまいりました。


5月6日の講座に向けて、
まだ準備という準備ができていないという体たらく。


しかも、3時間!?
そんなに長い時間、大丈夫なんでしょうか。


どうしようかと思いながら無為に時間だけが過ぎていく日々です。

心配になってきました。



最近は関係のない易経の本を読んでいます。

はじめは易経って占いの本だし、
取っ掛かりがないしで読めるか不安でしたが、
だんだん面白くなってきました。

安岡正篤さんの本や
金谷治先生の「易の話」から、
徐々に広げていろんな本を読んでいます。


易経の本も、
いろんな本を読めば読むほど、
いろんな読み方ができるようになって、
楽しいのです。



そして、占いの方も楽しんでいます。
易経の世界を覚えるには、
占うのが一番の近道な気がします。


5月6日の講座を占ったところ、
沢天夬の五爻がでました。

決断のときとのことです。

そろそろ内容をはっきり決めなければなりませんね。                                                          
また中道を行けばよいとも。


どうなるかはわかりませんが、
上爻が兌(沢)なので、
みなさんには楽しんでいただけるとみました。

トップバッターですので、
なんとかいい講座になればと祈ります。

水曜担当…冨樫功



2017年4月10日(月)
無題                           月曜担当…池田光

この春、社会人になって5年目の息子が、ここ一か月ほど前から準備を始めて引っ越して行きました。
そして、大阪で一人暮らしを始めました。
娘は学生時代から一人暮らししていたため、独立心が高くて放ったらかしです。
三十年ほど子どもと共に暮す生活が続いていましたので、この新しい老後生活は新鮮です。                                                                             
生物界では、子世代と代替わりすると、親世代は死んでいきます。
が、人間はその後も生きているわけです。
「役割が終わった。余生をのんびり暮らそう」という生き方は、資源の無駄使いになるだけです。
まだ生きている老後の自分をどう使うかが、問われているように思います。

月曜担当…池田光



2017年4月9日(日)
「一己」                         日曜担当…八木正典

3月後半から4月に入ってと仕事でいくつかの予測もしない出来事があり、慌ただしい毎日を過ごしております。思ってもみなかったことが起こると、落ち着いてやれば大したことでもないのに心が動揺してしまいます。こんな時こそ、天風先生の「誦句」と王陽明先生の「事上磨錬」を心にとどめながら強い気持ちを持って乗り切って行こうと思います。また、起こった事象を前向きにとらえ自己の向上につなげていきたいと思います。

士は当に己れに在る者を恃むべし。動天驚地極大の事業も、亦都べて一己より締造す。

より高い次元に進んでいきたいものです。

日曜担当…八木正典



2017年4月8日(土)
社交                           土曜担当…佐々木秀彦

『…今までの教育はメンタリティすなわち知、モラリティすなわち徳、バイタリティすなわち体、この三つに重点を置いてきたが、それだけでは個としての人間しかできない。これに加えてソシアリティすなわち社交的概念がなくては、全体としての人間は完成しない。いかにすぐれた知徳体を有していても、実社会に適応するものでなければ、価値がない。口先のうまい人になれというのではない。実社会で円満な活動ができる人間になってもらいたいのである…』

5千円札で肖像は現代社会に流通している新渡戸稲造が1906年第一高等学校の校長に就任した時講堂で学生へ語った言葉の一部です。
当時の新渡戸稲造は世界的には英文で書いた「武士道」という本の著者として有名でしたが、日本の学生は新渡戸稲造の名前はほとんど知らなかったということです。「武士道」が日本語に翻訳されて出版されるのは校長就任の2年後だということですから、作者が日本人でも英文で本を書くと、日本に流通するのは邦訳版という流れになるのも面白いところだと思いました。

心技体、実行力と発想力、仁義礼智信、等々人間にとって大事なモノを表現するのに様々な形容がありますが、「知、徳、体」を実践できる「社交的概念」を最も必要なモノだと考えていたことに感心させられます。陽明学の「事上磨煉」を明治時代の学生にもわかり易く話したという感じでしょうか…。

武士道や儒学において自己研磨や修行するというと、自身の心を磨き、何事にも動じない強い意思や、崇高な義命に基づいた行動という、どこか内向きで極端に言うと自己完結のような印象を感じる場合もあります。おそらく欧米列強諸国で実際に暮らしてみて、新渡戸稲造は欧米と日本の違いという意味で、「社交的概念」が大きな鍵だろうと感じたのだろうなと推測できます。

「社交的」というと天性の部分だと、僕は考えておりました。しかしよくよく考えると意識の問題だと気づきました。新渡戸稲造は学校長として日本の未来を担う若者に、社交性を磨くことを1番に望みました。この1906年といえば中村春二が池袋に「成蹊園」を開設した年でもあります。「社交的」を辞書で調べれば、「人との付き合いが積極的で上手なさま」という記載です。しかしおそらく新渡戸稲造のいう「社交的概念」には、人付き合いが好きとか上手という性格的なことは一切別として、自己の知・徳・体を如何にして社会へ役立てるかを考えることも同様に必要だという意図だと感じました。「社交的概念」で自己を発信していくことで、さらに「知、徳、体」を磨く必要があります。その原点回帰の必要性を感じての中村春二は塾の開設に繋がったのかもしれません。
僕はこれを機会に「社交的概念」をしっかり意識して、「社会」への働きかけと発信を堅実に行っていけるように、「事上磨煉」していきます。

土曜担当…佐々木秀彦



2017年4月6日(木)
インターフェース                   木曜担当…西端努斗夢

神様は、常に私たちにメッセージを送ってくれているようです。
しかし、ほとんどの人はそのメッセージに気づくことができません。
メッセージを受け取って、言葉やビジュアルに変換できる人はほんの一握りで、神様は、伝えたいことがいっぱいあるのに上手く伝えることができず、もどかしい思いをしているようです。
そこで、私たちの先人は、神様と私たちを結びつけるインターフェースを作り出し、神様からのメッセージを受け取ろうとしてきました。
神社のおみくじがその一つだと思います。易経やタロットカードも、もしかしたらそうかもしれません。
私がよく使うインターフェースは、TAハッピーカード。「○○についてヒントをください」とお願いしてからカードを引くと、そのメッセージから必ずヒントを見出すことができるのが不思議です。
カードは、ここから引くことができます。
   ↓
http://www.pro-con.jp/happy.html

木曜担当…西端努斗夢



2017年4月4日(火)
世のため、人のため、結局は、自分のため   火曜担当…柿原まゆみ

世のためになるように働きをしていれば
運命は必ずよい方へ開けてくる。

           『働く君に贈る 中村天風45の言葉』より



「てんびんの詩」をご存知ですか?
近江商人の主人公の青年期から大人になるまで
あきんどとして成長していく様を3部で構成されている教育映像です。
ご覧になった方もいらっしゃるかと存じます。

第一部 原点編 第二部 自立編 第三部 激動編
3部作です。1本『3万円』するので電話で問い合わせ後に
購入することにしました。

担当者から

「激動編 号泣。自立編 号泣。原点編 大号泣です。」と
教えて頂き、原点編を購入しました。

恥ずかしながら原点編は見るたびに大号泣です。


先日、
自立編を見る機会があり号泣でした。


自立編の映像の中で交わされる言葉に
商いの基本が凝縮されています。


「お客様のお役に立つことをする」

「自立していないとお客様のお役に立てない」

「自分の利益や都合を優先するのではなくお客様の為に・・・」の
利他の心がセリフの中で多くを占めていました。

お客様の都合や立場を考えないで商売をしていると
最初利益があっても長く続かない。

お客様と対話し、観察してお客様が求めるものを
提供しているとリピートして下さいます。
お客様を大切にしていると自分も大切にしてもらえます。
原点編も自立編も同じことを教えてくれました。                                                              
まさに天風先生のおっしゃる
世のためになるように働きをしていれば
運命は必ずよい方へ開けてくるということなのです。

火曜担当…柿原まゆみ



2017年4月3日(月)
無題                                             月曜担当…池田光




本日、4月3日に、版下のデータを印刷会社に入稿します。
編集を始めて、一か月半。
弊塾顧問の若宮幾馬先生の回想録『宇和海の少年』は、
一篇の長詩のように美しくてリズミカルで、
編集人のぼくの心を浄化してくれました。

この本は、4月25日の発売になります。
アマゾンでは予約ページができました。                                                         
少年時代の若宮先生は、故郷の宇和海で釣りなどの遊びに夢中でした。
魚が釣れるようにと、鯛を担いだ七福神の恵比寿さまに願をかけ、
「エベ~ス!」
と叫んで釣り針を投げるシーンが、この本には何度か出てきます。
そんな大自然のなかでの少年の営みが、ぼくをある種の郷愁に誘ってくれました。

月曜担当…池田光



2017年4月2日(日)
「出会い」                        日曜担当…八木正典

4月年度変わりとなり、多くの別れと共に新たな出会いが起こっております。
出会いと別れは常なるものながら、新たな出会いというのはうれしいものです。
森信三先生がおっしゃられている「人間は一生のうちに逢うべき人には必ず逢える。しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に。」という言葉を噛みしめながら、偶然の出会いを大いなる流れの中での大切の縁としてとらえて大事に大事にしていきたいと思うのです。

我れより前なる者は、千古万古にして、我れより後なる者は、千世万世なり。
仮令我れ寿を保つこと百年なりとも、亦一呼吸の間のみ。
 今、幸に生まれて人なり。庶幾くは人たるを成して終わらん。斯れのみ。本願此に在り。(言志晩録)

日曜担当…八木正典



2017年4月1日(土)
空気                           土曜担当…佐々木秀彦

『勝れた古典の常として今日の時代と人間にも観応する所が多く、意外の示唆を得て、感動される読者も案外少なくないであろうことを思い…』
安岡正篤師『伝習録』のあとがきに記載されております文章です。まさにそのまま、著者の狙い通りにものの見事に「意外の示唆に感動」の連続でした。

さらにページを繰ると、明徳出版社の「中国古典新書全100巻」というシリーズに含まれて出版されていたのだと知りました。論語、老子、孫子から始まり69番目がこの『伝習録』、最初に記載されている論語は昭和42年発行が確認できるので、この本に記載されている昭和55年全巻完成予定まですでに13年越しのプロジェクトということに強靭な決意を感じます。

僕は不動産関連の仕事をしておりますので、不動産登記に関しても必要不可欠な知識となります。もちろんその実務は司法書士に遂行してもらうのですが、日本国の場合不動産登記に関しては共同申請主義という原則があります。わかり易く表現すると、「不動産の旧所有者本人と、新所有者本人が一緒にそろって法務局に申請に来てください」という原則です。税金の確定申告等は本人申請主義という原則なのに現実には税理士が動くことが主流であるように、不動産登記は司法書士が動くことがほとんどで、本人が申請に行くことは非常にレアなケースです。僕は自身の相続登記申請を僕自身が申請したのですが、登記官が僕の作成し提出した必要書類をチェック完了後の状態をチラッと覗き見たのですが、赤字で詳細にチェックされている様子は迫力すら感じました。

本を出版するということは、この登記官が様式の決まった必要書類のチェックとは比較にならないほど膨大で詳細なチェック、つまり校正作業が付随するものだという印象があるのですが、明徳出版社中国古典新書100巻という高尚な専門知識を要する校閲を13年間も続けている責任編集と太字で記載されている「宇野精一」と「鈴木由次郎」とはどんな人なのだろうとなんとなく思ったら100巻のうち「漢書芸文志」「太玄経」「周易参同契」の3巻は鈴木由次郎著で、「顔氏家訓」は宇野精一著でした。少し調べるとお二人とも儒学の権威と表現して相応しい人物ということだけは理解できました。

本を読んで『意外の示唆』や『今日の時代との感応』などは自己で発見したようなトキメキを感じるのですが、実は著者や編集者の周到な計算により導かれた結果に過ぎないと気が付くと若干悔しい気もしないではないですが、そこも含めて謦咳に接することだと思いますし、何より時間、空間を超えて歴史に名を残すような人物と同じ空気を共有できる『本』という媒体は何と凄いものなのだろうと感激したりもします。著者が強い意志を抱いて投げてくれたモノを、読者がどう受け取るかによって空気は当然に違ってきます。本人申請主義的な思いを著者に感じさせないよう、共同申請主義的に僕の心に著者が登記をしたような感覚をもってもらえるように、読者としての空気を作成していきたいと思います。

土曜担当…佐々木秀彦